第14話 市街戦の魔導師

 アーサーはロンドンの路地裏を疾走していた。傷ついた右腕が疼く。背後からは複数の足音が迫る——エディが送り込んだ14人の工作員たちだ。


「くそっ、これほど大勢とは…」


 彼は民家の庭先に飛び込み、生け垣の陰に身を潜めた。工作員たちは4つの班に分かれ、網の目のような路地を捜索している。彼らの動きは効率的で、明らかに軍事的な訓練を受けている。


 アーサーは息を整えながら状況を分析した。直接対決は無謀だ。だが、魔導考古学者としての知識があれば、街そのものを武器にできる。


 彼の目が路地のガス灯に留まった。ヴィクトリア朝時代の魔導灯には、未だに微弱な魔力が残留している。


「これだ…」


 アーサーはポケットから取り出した魔導増幅器を手に、慎重に魔力を調整する。大学時代、彼は19世紀の都市魔導システムについて研究していた。その知識が今、生死を分ける。


 最初の工作員の一団が路地に入ってくる。3人だ。アーサーは息を殺し、魔導増幅器をガス灯に向ける。


「今だ!」


 微弱な魔力のパルスが灯りを伝い、突然の閃光を放つ。工作員たちは目をくらまされ、一時的に視界を失う。


「目が!?」


 その隙に、アーサーは路地の奥へと逃げ込んだ。しかし、すぐに別の班が彼の姿を認める。


「発見!B地区だ!」


 アーサーは市場の雑踏に飛び込む。朝市でにぎわう通りは、多くの市民でごった返している。彼は人混みを縫うように進み、時折振り返って追手の位置を確認する。


「4人…いや、5人か」


 彼は果物屋の屋台の陰に身を隠し、次の手を考える。ここで魔導を使うのは危険すぎる。一般市民を巻き込む可能性がある。


 代わりに、アーサーは市場の地理を利用することにした。彼は魚屋の間を抜け、狭い路地へと進む。この界隈は子どもの頃よく遊んだ場所だ。すべての小道を知り尽くしている。


 工作員たちは二手に分かれて追跡してくる。アーサーは微笑んだ。まさにこのために仕掛けた罠だ。


 路地の角で、彼は積まれた空箱を慎重に配置し直す。一見無造作に積まれた箱は、微妙なバランスで成り立っている。


 最初の工作員の一団が駆け込んでくる。アーサーは息を飲み、タイミングを計る。


「今!」


 彼が叫ぶと同時に、空箱の山が崩れ落ちる。工作員たちは足を取られ、もつれ合って倒れる。


「ちっ、小賢しい真似が!」


 アーサーはその隙に逃げ出す。だが、すぐに別の班が正面から現れる。挟み撃ちだ。


 彼は咄嗟に民家の庭に飛び込み、裏口から脱出する。しかし、工作員たちの包囲網は次第に狭まっている。


 アーサーは地下鉄の駅を目指す。あの複雑な地下網なら、追跡を振り切れるかもしれない。


 駅に到着すると、彼は切符を買う列に並び、周囲を見渡した。工作員たちも到着し、慎重に接近してくる。


 アーサーはホームに降りると、到着したばかりの電車に飛び乗った。ドアが閉まりかける瞬間、二人の工作員が何とか乗り込んでくる。


「終わりだ、ペンドラゴン」


 アーサーは冷静に車内を見渡した。この時間帯、電車はほぼ空だ。彼は車両の連結部へと移動する。


「逃がすな!」


 工作員たちが追う。アーサーは連結部のドアを開け、次の車両へと移る。その瞬間、彼は懐から取り出した小さな魔導装置を床に落とした。


「睡眠魔導の残滓…これでどうだ」


 装置がかすかに輝き、車内にかつての睡眠魔導の名残を拡散させる。二人の工作員は突然の眠気に襲われ、よろめく。


「な、なんてこった…」


 彼らはその場に倒れ込む。アーサーはほっと一息ついた。


 しかし、電車が次の駅に到着すると、ホームにはさらに多くの工作員の姿が。残り8人だ。


 アーサーは反対側のドアから飛び出し、駅の階段を駆け上がる。彼の傷ついた腕はますます痛みだしている。


 路地に出ると、彼は教会の門をくぐり、中庭に隠れた。ここなら一時的な休息が取れる。


 アーサーは壁にもたれ、深く息を吸った。14人の工作員——すでに6人を無力化したが、まだ8人が彼を追っている。


「エディ…お前の執念はすごいな」


 彼は苦笑いしながら、次の策を考え始めた。街はまだまだ広い。そして彼には、まだ使っていない切り札がいくつか残っている。


 教会の鐘の音がロンドンに響き渡る。アーサーの目に、新たな決意が灯った。このゲームは、まだ終わっていない。

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