第12話 白昼の凶行

 アーサーは午後のロンドン街頭を歩いていた。マルコム卿に報告を終え、一時的な安堵感に包まれていた。しかし、彼の鋭い考古学者の直感が、危険の接近を告げていた。


「何だこの気配は…」


 彼は振り返り、往来の群衆を見渡した。普通のショッピング客、ビジネスマン、観光客——しかし、その中に不自然に動く数人の男たちの姿があった。彼らは一定の距離を保ちながら、完璧に連携した動きでアーサーを包囲するように近づいてくる。


「しまった」


 アーサーは足早に歩調を速めた。背後からエンジン音が迫る。黒いセダンが路肩に急停止し、ドアが開いた。


「ペンドラゴンさん、お時間をいただけますか?」


 その礼儀正しい口調とは裏腹に、男たちの目には殺意が宿っていた。アーサーは反射的に路地へ飛び込んだ。


「くそっ、またエディの手下か!」


 狭い路地を駆け抜けながら、彼は思考を巡らせた。彼らは以前の図書館での失敗を教訓に、より組織的な襲撃を仕掛けてきたのだ。


 突然、前方からも男たちの姿が。完全に包囲された。


「これがウィンチェスター家のやり方か? 街中で人を襲うとはな!」


 アーサーは叫びながら、路地のごみ箱を蹴り倒し、一時的な障壁を作った。その隙に、彼は隣接するビルの裏口に飛び込んだ。


「逃がすな!」


 男たちの怒声が追いかける。アーサーは暗い階段を駆け上がり、屋上へと向かった。息は切れ、心臓は激しく鼓動する。


 屋上に出ると、ロンドンの街並みが広がっていた。しかし、逃げ道はない。背後でドアが開く音がした。


「終わりだ、ペンドラゴン」


 アーサーは咄嗟に屋上の給水塔の陰に身を隠した。弾丸がコンクリートを砕く。


「たわけが…ここまでするとはな」


 彼は自分の魔導考古学の知識を総動員して状況を分析した。このビルは19世紀の魔導研究所を改装したものだ。当時の魔導防衛システムが残っているかもしれない。


「やってみるしかない」


 アーサーは危険を承知で、古い魔導配線が通っているはずの壁面に手を当てた。わずかに残る魔力の流れを感じ取り、それを増幅させる呪文を唱える。


「起きろ、眠れる守護者よ!」


 瞬間、ビル全体が微かに震え始めた。古い魔導防衛システムが不完全ながら起動し、襲撃者たちの足元にエネルギーの渦が発生した。


「な、何だこれは!?」


 男たちが動揺する隙に、アーサーは隣のビルへと跳び移った。しかし、着地の衝撃で右腕に鋭い痛みが走る。弾丸がかすめた傷が開いたのだ。


「ちっ…やられたか」


 血が袖に滲み始める。彼は痛みをこらえ、防火階段を駆け下りた。街中に響き渡る警笛の音——おそらく通行人が警察に通報したのだろう。


 ようやく人通りの多い大通りに出ると、アーサーはタクシーを呼び止めた。


「東部の倉庫街まで」彼は息を切らしながら言った。「急いでくれ」


 車窓から後方を確認する。黒いセダンはもう見えない。どうやら一時的に逃げ切れたようだ。


 しかし、アーサーは知らなかった——この襲撃はほんの始まりに過ぎないことを。そして、彼が頼りにしている組織自体が、もはや味方ではないことを。


 傷ついた腕を押さえながら、彼は安全家屋を目指して疾走するタクシーの中、次の手を考え始めていた。

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