第22話 夜明けの明星の名
――アントリー・ルー・メイ。
妹、リアンクとは会えたかね。
この手紙は私が危篤となったとき、届けられるように指示をしている。
近い夜、100歳を迎える私の命は、そう長くはもたないだろう。
そのため、この手紙が読まれる頃には、もう息絶えているかもしれない――。
手紙にはそう書かれていた。
大神官マーリヴォルトが危篤という報せを聞き、まず立ち上がったのはスティーラィ。
その理由は、手紙の内容にあった。
――夜鷹の者よ。あなたならわかるだろうか……。
私はヴォルトの記憶を持ち、月光の啓示を受け取るだけの器。
しかし、この人生に悔いはない。
理由は簡単なことである。
あなたに謝りたいと、ヴォルトは必死に生きていた。
いつかまた黄金の鍵と、そしてあなたの持つ扉が揃うと信じていた。
それを知ったならば私は、もうマーリとして生きることを選択できなくなったのだ――。
スティーラィの瞳が揺らぐ。
小さくヴォルトという人の名を呟き、彼はふらつきながらリアンクの剣を取った。
「スティーラィ……共に行きましょう。ふたつの鍵がきっと必要になるはずです」
手を握り合い、見つめ合うふたり。
その意志の固さに呆れながら、アントリーも立ち上がった。
「ならば僕たちも共に行こう」
「しかし……」
ティンリィやバイドギル、他の騎士団員たちも立ち上がり、それぞれの持ち物を硬く握る。
ここまで共に来たのなら、これからも共にあろうではないか。
それぞれの瞳が訴えかけるようにスティーラィとリアンクに注がれた。
「マーリヴォルト大神官さまにも、夜明けを見ていただかねば!」
瞼を伏せ、剣を硬く握り締め、スティーラィは頷いた。
「これより進む道は険しいが、マーリヴォルト大神官のいる神殿に最も近い道筋だ。命を懸ける覚悟があれば、ついてきてくれ」
男たちの大きな声が森に響き、スティーラィはリアンクの手を握ったまま歩き出す。
その手は小刻みに震え、汗ばんでいた……。
◆
「ストラ……ストラよ……」
「はい。だいしんかんさま」
横たわる大神官の満月のような瞳は虚ろに揺らめき、手のひらは宙を泳いでいる。
その手をストラと呼ばれた銀の瞳の少年が受け取り、頬に引き寄せた。
「ストラはここにおります」
「私の代で……ヴォルト様の想いが遂げられれば、よかったが……」
マーリヴォルトの瞳は細められ、いよいよ役目を終えるときを待つように、次第に閉ざされていく。
「ストラ、そなたにヴォルトの名を、譲り渡そう……」
大きな手のひらが、まだ小さな子供の額に触れる。銀の瞳のストラの目がきらりと輝くと、その小さな唇は初めて月光の啓示を呟こうとしていた。
「マーリ様……月光の導きが、叶いました……」
謎の啓示をその目で確かめようと、マーリは閉じていた瞼を開いた。
ドタドタと足音が響く扉の方へと視線を移す。
勢いよく開いた扉の前には、二人の男女が立っていた。
「ヴォルト……!」
「マーリヴォルト大神官さま!」
息を切らせ、傷だらけのふたりが寝台へと駆け寄ってくる。そのあまりに懐かしい声に、マーリの中のヴォルトの心が息を吹き返すように開かれた。
夜鷹の男に手を取られ、マーリはその黄金の瞳を揺らがせる。そのまま目頭や目尻に涙が溜まり、溢れていくつも流星のように流れていった。
「おお……月光よ……私にここまでの祝福をくださるのか……」
リアンクと手を離したスティーラィが、マーリを、ヴォルトを硬く抱きしめる。
「まず、ヴォルトに伝えさせてくれ……約束を守ってくれて、感謝する。そして、こんなにも長い夜に付き合わせてすまなかった……」
「なにを、おっしゃいます……私は、あなたと共に、忠誠を守り抜きたかったのです……」
「しかし……マーリヴォルトにリアンク……。関係のないおまえたちまで巻き込んでしまった」
弱く笑うマーリは、スティーラィの背中を撫でる。
「美しい日々を見ることができて……光栄でした……」
「ああ、くそ……ヴォルト……おまえの恋人はあの大波のなか無事だったか? 聞きそびれてしまったのを、ずっと悔やんでいたのだ……それなのに、俺は一度もおまえたちに姿も見せず……ッ」
「スティーラィ……」
リアンクも、息を呑むスティーラィとマーリヴォルトの手に触れた。
その時だ。リアンクを見て、マーリが柔らかく微笑んだ。
「スティーラィ……願いを受け、輝く星の名か……今のあなたは、そう呼ばれているのですね……」
「マーリヴォルト……」
「しかし、私も……最後の時を迎える中、これだけは果たさねばなりません……」
マーリヴォルトは一度身体を起こそうとしたが、諦めるように力を抜き、満月の瞳をスティーラィへと向け、その唇を開いた。
「ダストリア・リ・ソルフェ騎士団長……あなたに、天空を舞う夜明けの明星の名を……お返しします」
震える声を伝え終えると、マーリの瞳から黄金の輝きが引いてく。待ってくれと声をかけても、時は進んでいった。
スティーラィへ、ダストリアの名を正しく返す。それがマーリヴォルト最後の役割。
最後とでもいうように、弱く息を吐ききると、穏やかな表情でマーリヴォルトは永い眠りに就いた。
「マーリヴォルト大神官さま! そんな、まだ夜明けは……」
取り乱すリアンクの元へ、足音が近づく。
小さなストラヴォルトは、ふたりの背に優しく触れて、銀色の瞳を強かに輝かせる。
そして、リアンクとダストリアの手を引いた。
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