第21話 白骨の騎士団

 谷を下りながら黒い海へと近づいていく。警戒を続けながらではあったが、ここまで順調に歩みを進められていた。

 月光の届いていないかのような漆黒の海が見え、ついにそれぞれが息を呑む。


「これより先に騎士団は入れない。水中を鎧では動けんからな」

「ええ。もとよりこの先は私のみと決めておりました」


 兄妹の言葉にスティーラィは呆れたようにため息を吐いた。


「リアンク。必ず戻れ。死ぬことはこの兄が許さないからな」

「ええ! 妹も兄の死を許しません。このブローチに、香に誓いましょう!」


 硬く手を握り合う兄妹は、互いの視線を交え頷いた。

 スティーラィはリアンクの腰のベルトに手をかけ、剣を取る。


「スティーラィ、なにを……」

「海の中はできるだけ身軽な方が良い。代わりにこれを」


 言いながら自分のナイフをひとつ差し出す彼の手からリアンクも受け取る。


「けれど、それではスティーラィが」

「俺を気にする必要はない。何度も来ているからな」

「そう、ですか……?」

「ああ。それより足元に気を付けろ。中は暗い」

「はい」


 スティーラィもいくつか身にまとっていたベストなどを外し、ベルトにナイフを差して海の中へと進む。すると、バイドギルとティンリィもついてきた。


「おふたりは騎士団の者たちといてください! 巻き込むわけにはいきません!」

「今さら何言ってるんですか……」

「第一ここまできたら海のが安全なんだよ!」

「バカなギル……短い脚で泳げますか」

「俺様の短いところは気だけだ!」

「バカなギル……」


 ティンリィは言いながらリアンクの手に紫の飴玉を渡す。

 不思議に見つめていると、スティーラィにも手渡していた。


「この飴玉を口に含んでいる間は多少息が持つでしょう」

「……助かる」

「なんと! ありがとうございます」

「バイドギル、あなたも」

「んだコノ、ティンリィさんよぉ……」


 目を潤ませたバイドギルは飴玉を口に放ると、道案内は任せろと声を張った。


「お気をつけて、リアンク嬢ご一行」


 ビィダリーの声に手を振り、4人は黒い海へ潜った。


 ・

 ・

 ・


 スティーラィに手を引かれ、暗い海を探る。

 まるで星の無い夜空のような海の中。

 次第に町が見えてきた――。


(ここは……)


 リアンクがスティーラィへと視線を向けるが、気が付かないようだった。

 きっとここも大きな町だったのだろう。

 深く潜るほど、辺りは暗くなったが、時おり何かがきらめいていた。

 少しするとリアンクの周りが明るくなる。

 水の泡がぽこぽこと浮かび、ティンリィが慌てた様子で上がってきた。


(! 私の髪ですか!)


 星のきらめきの髪が水中で輝きだす。

 そのとき、スティーラィの手が離れ、彼がナイフを構えているのを確認した。


(ああ、ティンリィ! 後ろに……!)


 彼女の背後には見たことのない女たちが近づいて来る。脚はなく、代わりに長い尾ひれがあった。

 これが魚人かと気づいたとき、ティンリィの首を掴んだ女がリアンクたちの前に立ちふさがった。


(ティンリィッ!)


 リアンクはティンリィの方へと向かおうとナイフを構える。しかしそれをスティーラィの手が止めた。

 もがきながら、ティンリィは必死に指を下の方へと向ける。強い眼差しで彼女が見ろと言っている。

 そこに視線を向けるとたくさんの白骨の騎士たちの姿が見えた。

 その時、バイドギルが魚人へと飛び掛かるように立ち向かった。


(バイドギル、ティンリィッ! なぜ、スティーラィ! ふたりを助けねば!)


 そう訴える瞳を彼に向けたが、スティーラィも苦し気に歯を食いしばっているようだった。

 気づけばリアンクの手首を引く手にも力がこもっている。

 彼もつらいのだとようやく気が付いた。


 白骨の騎士団の元へ近づくほどに、リアンクの肺が苦しく、酸素を求めて首が締まる感覚もある。

 すると、スティーラィがリアンクを強く引き寄せ、そのまま足元にリアンクの肩をやると足でリアンクを白骨の騎士団の方へと誘導するように蹴った。


(スティーラィ……?!)


 敵の奇襲だ。

 全く気付かなかったことを恥じながら、スティーラィの方へ戻ろうとしたが、彼の視線は強く(行け!)と言っていた。

 リアンクは輝く髪を漂わせながら、白骨の騎士団へと近づく。一人一人の白骨に触れ、白銀の鍵を探した。


(く……息が……)


 限界が近い。

 その時、リアンクの足に白骨の手が絡まった。


(?! 取れないッ)


 その白骨に触れた時、水の中だというのに声が聞こえてきた。


『俺たちのしたことは……それほどまでに罪だったのだろうか……』


 その声が聞こえた時、少しだけ息が楽になる。


「……?」


 薄く瞼を開くと、スティーラィの顔が間近に見えた。

 口の中の飴玉が増えている。リアンクが目を見開くと、スティーラィは苦しそうに眉を歪め、頷いた。

 彼の指先の方角には、白銀の鍵が見える。


 リアンクは中心で天高く拳を掲げる長身の白骨の方へと急いで泳いだ。

 鍵を握るその手に触れると、再び声が聞こえてくる――。


『ダストリア騎士団長……俺は過ちを犯しました。こんなに遠くの地まで来たから、あなたに謝ることさえできない……ああ、大波よ……せめてこの鍵を、騎士団長の元へ流してくれ……!』


 彼は、きっと朝焼けの騎士団長だと理解し、リアンクはその手を硬く握る。


(きちんと届けます。共にルー・メイ巫女様を解放しましょう)


 熱くなる目頭。

 しかし泣くときではない。リアンクは急いで水中を漂うスティーラィの元へ急いだ。敵の姿はない。

 リアンクは重たいスティーラィを何とか引っ張り、海面へ上がろうとする。

 波の流れが変わり、振り返ると潜んでいた敵が襲来してきた。


(どうしよう……! どうしたら!)


 必死に手足を動かし、海面を目指す。

 その時……。


『スティ。いえ……リアンク・ルー・メイ……』

「?!」


 背中を押され、再び振り返る。

 リアンクの背後には無数の輝きが満ちて、海底の町々を照らした。

 そのきらめきに当てられ、敵たちの視界が眩む。


『願いを果たすのです……旅を始めたなら、果たさなくてはいけない。教えたでしょう?』


 大人の願いの星の姿が見えて、リアンクの胸が熱くなる。

 込み上げるものを必死に抑えて、リアンクはついに海面から顔を出した。


「ごほっ、げほっ」

「リアンク……! 戻ったぞ! ビィダリー手を貸せ!」

「兄さま、スティーラィを……」


 意識のないスティーラィを兄に引き渡し、駆け寄ってきたビィダリーの手で陸へと上がる。

 草むらへ寝かされたスティーラィにリアンクも駆け寄った。


「スティーラィ……! 白銀の鍵です! 手に入れました! 目を開けてください……!」


 リアンクはどうしたら良いのかわからず彼の胸を何度も叩き、声をかけ続ける。

 するとようやくスティーラィも水を吐いて意識を取り戻した。


「ごほっ! はぁ、はあ……リ、アンク……」


 目覚めていつになく弱弱しい視線を向けるスティーラィを、リアンクは強く抱きしめた。


「! バイドギルにティンリィは?!」

「お二方も無事ですよ。我々騎士団員も皆……」


 ビィダリーの声にほっと胸を撫で下ろし、リアンクは辺りを見渡す。

 皆怪我をしているようだったが、欠けている者はいないようだ。


「本当ですか! よかった……」

「ええ。全くです。リアンク嬢……あなたが変なこと言うからですよ」


 笑うビィダリーの声、ティンリィとバイドギルの、弱弱しいのにいつも通り聞こえる喧嘩。

 それらを見ながら、リアンクは改めてスティーラィを抱きしめた。


「スティーラィ、飴……ありがとうございました」

「……はあ、あれは……ん……まあ、良いんだ」


 頬を染めるスティーラィを不思議に見つめながら、リアンクの肩を抱くスティーラィ。

 咳払いした兄が妹を睨み口を開く。


「鍵は取れたんだろうな!」

「! ええ、皆さまのおかげです! ここに!」


 輝く白銀の鍵。

 それはサビや汚れもひとつとして無かった。

 いつの間にかリアンクの髪の輝きも穏やかになっている。

 スティーラィはリアンクの髪を払い、頬を赤くしながら微笑んだ。


 すると白い鳩がアントリーの肩に止まる。


「……大神官様の鳩だ……」


 鳩が咥えていた手紙を受け取ると、白い鳩は再び天高く飛んでいった。

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