第1話 呪われた子
――――――
……それは、かつての記憶……
生まれた瞬間彼女は、自分が何者であるかを理解した。
彼女の名前は……ない。いや、正確にはまだ名前をつけられてはいない。
もちろん"元の世界"での名前はあるけれど、その名前は今の彼女にとっては必要のないものだ。
彼女が普通か普通でないかと言えば、普通の人間ではないと言わざるを得ない。
というのも、彼女は転生者だからだ。転生者である彼女は、元の世界でトラックに轢かれて、死んでしまった。
「あ、あー……!」
気がついたときには、この世界に生まれていた。
瞬間自分が何者か思い出した彼女は、ひどく混乱した。
なにせ自分の身体は小さく、言葉も話せないのだから。ただ言葉にならない声を発することしか、できなかった。
「この子が……私の……」
鏡に映る彼女の姿は赤ん坊そのもので、彼女は誰かに抱かれていた。そして、それとは別に赤子を見る一人の女性。
その人が母親であると、すぐにわかった。鏡に映った自分の髪と同じく、きれいなブロンドの髪をしていたのだから。同じ色だ。それがなんだか、嬉しくて。
いや、きっともっと、本能的なところで。
「きゃっ、きゃっ」
「ふふ、笑っておられますよ、奥様」
抱えられている彼女を見て微笑みを浮かべるのは、使用人の服を着た女性だ。
他にも、医者と思わしき男の人もあった。父親らしき姿がないのが、少し気にはなったが。
そして、理解したのだ。これが、物語でよく見る"異世界転生"か……と。
しかし自分でもびっくりするくらいに落ち着いていた。
「……この子が……」
ベッドに横たわる母親。
本能的なものか、赤子は彼女に向かって手を伸ばした。それは、母親に届くはずだった……
……しかしその手を、他ならぬ母親に叩き落とされた。
「あぅ……?」
母親は、慈愛に満ちた表情を……浮かべては、いなかった。
それは……恐怖と憎悪がない混ぜになったものだった。生まれたばかりの我が子に向けるものでは、ない。
それは、出産直後に浮かべられると思えないほど、激しい怒りをあらわにしていて。
「この子が……こんな、ものが……!」
「あー、あ……?」
「"これ"は、呪われた子よ……!」
我が子を見るなり、母親はそう叫んだ。ヒステリック気味に。
驚くべきことに……母親はベッドから起き上がり、赤子を抱いていた女性医師から無理やり、赤子を奪い取る。
出産直後で体力がないはずの母親は、しかしベッドから立ち上がり……走り出した。
「奥様!?」
「お、お待ちを!」
背後からの制止の声も、母親を止めるには至らない。
……いくら前世の記憶があり、意識がはっきりしていようが……赤子に抵抗の術は、なかった。
記憶があろうが生まれたばかりの赤子が暴れようが、大の大人相手に抵抗できるはずもない。相手が弱っていようと、その体格差は埋められない。
赤子は母親に頭を掴まれ……その瞬間、彼女の記憶を垣間見た。
『ジューリス、お前は我がアルノルド家の貴族として、相応しい振る舞いをするのだ』
……母親の名は、ジューリス・アルノルド。
後々知ることとなるが、アルノルド家とは由緒正しき有名貴族の家柄だ。
将来はさぞや名のある貴公子……もしかしたら王族と結婚するというほどの立場だ。本人もまた、それに見合うだけの美貌と立ち振る舞いを持っていた。
そんな彼女が子を産んだ。……では赤子の父親となる男は、いったいどのような人物であるのか?
有名貴族の令嬢は、いったい誰と結婚したのか?
…………答えは、とても不気味なものだった。彼女は、誰とも結婚していないのだ。
『お前は将来、立派な人間になるんだ』
幼い頃から、そう言われてきた。それが普通だと思っていた。
将来は素敵な男と結婚し、やがて子を産み、貴族令嬢としての幸せを手に入れる。
彼女の理想は確かに高かった。だからこれまでに結婚経験はなく……それどころか、交際の経験さえもいない。
もっと言うなら、性行為さえ、これまで一度だってしてこなかった。当然だ、そういう行為は将来の伴侶とと決めていたのだから。
それは彼女が、蝶よ花よと愛でられ育てられたことにも起因する。彼女は高貴で、プライドも高かった。
心身ともに純粋純潔の完璧な令嬢が生まれた。だが……そこは今はどうでもいい。
気にしなくてはいけないのは、"子を宿すはずのない彼女が子を宿した"という事実があったことだ。
『これは、どういうことなの……!?』
ある日突然、彼女は子供……つまり"異世界に転生した赤子"を妊娠した。
もちろん、腹の中の子が転生者など知るよしもない。
妊娠の事実に、周囲は喜んだという。さぞ立派な相手との間に子を成したのだと。でも、彼女は違った。当然だ、妊娠する覚えなどないのだから。
そして、彼女は自分には結婚する相手も、そのような関係になった男性もいないと訴えた。
周囲も、始めは照れ隠しだと思っていた。両親は、自分たちに相手の男を紹介せずに妊娠したことこそ怒っていたが、娘が選んだ相手だと信じて疑わなかった。
しかし、次第に彼女の気迫が並々ならないものだと知った。
そして周囲は……
『この恥晒しが!』
貴族令嬢ともあろうものが、どこの誰ともわからない相手と子を作るなど、恥晒しもいいところだ……と。
彼女は口汚く罵られ、両親含め周囲から糾弾された。
彼女は、自分の無実を訴えた。当然だ、相手もいないのに妊娠するはずがないのだから。そんな相手などいない、これはなにかがおかしいのだと。
周囲は聞く耳を持たなかった。当然だ、相手もいないのに妊娠するはずがないのだから。そんな相手がいないはずない、なぜ偽りを告げるのだと。
……貴族は心身共に高潔であるべき。その理念を持つ貴族たちは彼女の言い分を受け入れず、ついには嘘つき扱い。
両親からは家族の縁を切られ、国から追放された。
「……!」
―――母親の記憶を垣間見て、赤子は自分がなぜこんな形で生まれたのかを考えた。
……異世界に転生者といえば、最初から前世の記憶を持って両親から生まれてくる場合や、両親から生まれて何年かしていきなり前世の記憶が戻ることが多い。
でも彼女は、そのどちらでもなかった。彼女に父親は、父親となるべき人間はいなかった。
彼女は……
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