番外編「王妃様ともふもふの休日」

 アークライト王国の王太子妃となって、初めての春。

 公務にも少しずつ慣れてきたエレオノーラは、カイウスから特別な休日をもらった。


「今日は一日、君の好きに過ごしていい。私も付き合おう」


 その言葉に、エレオノーラは満面の笑みで答えた。


「でしたら、カイウス様! 森のお家に帰りましょう!」


 二人は、お忍びで王都を抜け出し、転移魔法で懐かしの魔の森へと向かった。


「わあ……! やはり、ここの空気は一番落ち着きますわ」


 ログハウスの前に降り立ったエレオノーラは、大きく伸びをして深呼吸した。森の木々が、彼女の帰りを歓迎するように、優しく葉を揺らしている。


「きゅいー!」

「きゅいきゅい!」


 家のドアを開けると、中からカーバンクルたちが一斉に飛び出してきて、エレオノーラの足元にじゃれついてきた。王城の庭にも仲間はいるが、やはりこの森で暮らす子たちとは、特別な絆がある。


「みんな、ただいま! 元気だった?」


 一匹一匹を抱きしめ、頭を撫でてやる。その光景を、カイウスが少しだけ羨ましそうに見つめていた。


「……私より、そいつらの方が嬉しそうだな」

「あら、カイウス様。もしかして、やきもちですか?」


 エレオノーラが悪戯っぽく笑うと、カイウスは「別に、そんなことはない」とそっぽを向く。その耳がほんのり赤いのが、彼女にはおかしくてたまらない。


「グルルル……」


 低い喉鳴きの声と共に、森の奥から聖獣レオンが悠然と姿を現した。レオンは、エレオノーラの前に来ると、恭しく頭を垂れる。


「レオン、あなたも元気そうでよかったわ」


 エレオノーラがその黄金のたてがみを撫でていると、レオンはふとカイウスの方に顔を向け、まるで「乗れ」とでも言うように、その背中を低くした。


「私を乗せてくれるのか?」


 カイウスが驚いて尋ねると、レオンは肯定するように一つうなずいた。


「まあ、レオンがカイウス様を認めたのですね! さあ、一緒に空のお散歩と参りましょう!」


 エレオノーラに手を引かれ、カイウスは恐る恐るレオンの背に乗る。エレオノーラが軽やかにその後ろに座ると、レオンは力強く翼を広げ、大空へと舞い上がった。


「うわっ!」


 眼下に広がる森の絶景に、カイウスは思わず息をのんだ。風が心地よく頬を撫でる。隣に座るエレオノーラの髪が、ふわりと彼の頬をくすぐった。


「素敵でしょう? ここは、私の宝物なんです」


 幸せそうに微笑む彼女の横顔は、太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。カイウスは、その姿から目が離せなかった。

 王妃としての彼女も美しい。だが、こうして森の中で、もふもふ達に囲まれて無邪気に笑う彼女こそが、カイウスが愛した「エレオノーラ」そのものだった。

 空の散歩を楽しんだ後、二人はログハウスで手作りのランチを食べた。エレオノーラが育てた野菜で作ったサンドイッチと、森の果実のジュース。質素だが、心温まる食事だ。

 午後は、カーバンクルたちとかくれんぼをしたり、小川で魚釣りをしたりして過ごした。カイウスは、生まれて初めて泥だらけになって笑ったかもしれない。

 日が傾き、森がオレンジ色に染まる頃。二人はポーチの揺り椅子に並んで座り、静かな時間を過ごしていた。


「……楽しかったか?」


 カイウスの問いに、エレオノーラはこくりとうなずいた。


「はい。最高の一日でしたわ。ありがとうございます、カイウス様」


 彼女は、そっとカイウスの肩に頭を乗せる。カイウスは、優しくその肩を抱き寄せた。

 王妃の仕事は、大変なこともある。窮屈に感じる時だって、まだある。

 けれど、こうして帰ってこられる場所がある。ありのままの自分を受け入れてくれる、愛する人と、愛らしい家族がいる。

 それだけで、エレオノーラはどんなことでも乗り越えられる気がした。


「カイウス様。また、連れてきてくださいますか?」

「ああ、もちろんだ。ここは、君と私の、二人の家だからな」


 夕闇が迫る森に、二人の穏やかな笑い声と、カーバンクルたちの幸せそうな鳴き声が、いつまでも響いていた。

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