エピローグ「新たなる光」

 エレオノーラがカイウスに嫁いでから、三年が過ぎた。

 彼女の持つ強大で清らかな聖属性魔力は、アークライト王国に、かつてないほどの豊穣と平和をもたらした。作物は豊かに実り、病は癒え、人々は彼女を「慈愛の聖女」と呼び、心から敬愛した。

 グランツ王国との関係も、今ではすっかり改善されている。愚かな王太子が廃嫡された後、彼の弟が新たに王太子となり、賢明な政治で国を立て直していた。彼らは、自国の過ちを認め、アークライト王国との友好関係を何よりも大切にした。

 そして、エレオノーラとカイウスの間には、新しい命が宿っていた。

 春の柔らかな日差しが降り注ぐ、王城のバルコニー。エレオノーラは、少し膨らんだお腹を愛おしそうに撫でながら、城下に広がる穏やかな景色を眺めていた。


「どうした? 気分でも悪いか?」


 背後から、心配そうなカイウスの声がした。彼は、エレオノーラの肩にそっとショールをかけると、優しく彼女を背後から抱きしめた。


「いいえ、大丈夫ですわ。ただ……この子が生まれてくる国の景色が、あまりに美しくて」


 エレオノーラは、カイウスの胸に心地よさそうに身を預ける。三年前、氷の王子と呼ばれた彼の面影は、もうどこにもない。彼の表情は、愛する妻と、これから生まれてくる我が子への愛情で、どこまでも優しく和らいでいた。


「君が、この国をここまで豊かにしてくれたんだ」

「いいえ。カイウス様と、国民の皆様の努力があったからですわ。私は、ほんの少しだけ、お手伝いをしたに過ぎません」


 謙遜する彼女の髪に、カイウスは優しく口づけを落とす。


「私にとっては、君がすべてだ。君がいてくれるだけで、この国は光に満ちている」


 三年前、絶望の淵にいたはずの自分が、今、こんなにも幸せな未来を手にしていることが、エレオノーラにはまだ夢のように感じられることがあった。

 婚約破棄され、すべてを失ったあの日。あの出来事がなければ、カイウスと出会うことも、この幸せな日々もなかっただろう。人生とは、本当に不思議なものだ。


『ありがとう、愚かな元婚約者殿。あなたのおかげで、私は最高の幸せを掴むことができました』


 心の中で、ほんの少しだけ、過去に感謝した。

 ふと、空を見上げると、一羽の大きな鳥が王城の上空を旋回しているのが見えた。黄金に輝くその姿は、間違いなく聖獣レオンだ。彼は、遠い森から、主の幸せを祝福しに来てくれたのかもしれない。


「カイウス様」

「ん?」

「私、幸せです」


 飾らない、心からの言葉。カイウスは、エレオノーラを抱きしめる腕に、さらに力を込めた。


「ああ。私もだ」


 窮屈な令嬢の仮面を脱ぎ捨て、彼女は本当の自分を見つけた。

 冷たい氷の鎧を脱ぎ捨て、彼もまた本当の愛を知った。

 二人の手の中にある幸せは、これから生まれてくる新しい光と共に、この国を、そして未来を、どこまでも明るく照らし続けていくだろう。

 バルコニーに寄り添う二人の姿は、まるで一枚の絵画のように美しく、穏やかな希望に満ち溢れていた。

 これが、悪役令嬢と呼ばれた少女が、最高の幸せを手に入れるまでの、愛と奇跡の物語。

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追放された悪役令嬢、規格外魔力でもふもふ聖獣を手懐け隣国の王子に溺愛される 藤宮かすみ @hujimiya_kasumi

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