第11話「氷の王子のプロポーズ」

 現れたのは、隣国アークライト王国の紋章を掲げた騎士たち。そして、その中心に立つのは、見慣れた薬草師の姿とは似ても似つかない、威風堂々としたカイウスだった。

 グランツ王国の騎士たちは、彼の姿を見て息をのむ。


「あ、あれは……アークライト王国の第二王子、カイウス殿下!?」

「『氷の王子』が、なぜここに……!?」


 驚愕する彼らを一瞥もせず、カイウスはエレオノーラの前に進み出た。彼の瞳は、ただひたすらに、目の前の少女だけを映している。


「エレオノーラ。無事か」

「カイ……さん? いえ、カイウス、殿下……?」


 エレオノーラは混乱していた。旅の薬草師だと思っていた男性が、実は隣国の王子だった。驚かない方が無理だろう。

 カイウスは、彼女の戸惑いを察し、優しい眼差しで小さくうなずいた。


「事情は後で話す。まずは、この者たちを片付けよう」


 そう言うと、カイウスは泥まみれでへたり込んでいるアルフォンスに向き直った。その表情は、エレオノーラに見せる穏やかなものとは一転し、まさに「氷」のように冷徹なものに変わっていた。


「グランツ王国、王太子アルフォンス殿。これは、一体どういう状況かな? 貴国の騎士団が、丸腰の女性一人を、寄ってたかって襲っているように見えるが」


 その声には、地を這うような怒りが含まれている。アルフォンスは、隣国の王子の登場に狼狽しながらも、虚勢を張って言い返した。


「な、何を言うか! この女は、我が国に呪いをかけた大罪人だ! それを捕縛しに来ただけだ! 貴国には関係のないこと、内政干渉だぞ!」

「内政干渉、か」


 カイウスは、鼻で笑った。


「では、問おう。貴国が『呪い』と呼ぶものの正体を、理解しているのか? 貴国を長年守ってきた結界の魔力が、彼女がいなくなってから弱まった。違うか?」

「なっ……なぜそれを!?」


 アルフォンスが絶句する。カイウスは構わず続けた。


「答えは簡単だ。王都の結界は、そこに住まう彼女が、無意識に放出する膨大な聖属性魔力によって維持されてきた。貴君は、自らの手で国の守護者を追放したのだ。魔物が増えたのは、自業自得というものだろう」


 カイウスの言葉に、ライオネルをはじめとする騎士たちは、衝撃を受けた。まさか、そんなことが……。自分たちは、とんでもない勘違いをしていたのではないか。


「そ、そんな馬鹿な話があるか! 国を守っているのは、聖女リリアナの力だ!」

「聖女、だと?」


 カイウスは、アルフォンスの背後に隠れるリリアナに、軽蔑の視線を向けた。


「その女が持つ聖属性魔力など、ここにいるカーバンクルの赤子にも劣る微弱なもの。我が国の調査では、彼女が魔力を増幅する魔道具を隠し持っていることも分かっている。聖女などとは、笑わせるな」


 次々と暴かれる真実に、リリアナは顔面蒼白になり、がくがくと震えだした。アルフォンスも、信じがたいという表情でリリアナとカイウスを交互に見る。


「すべては、その女が王太子妃の座を狙ってついた、稚拙な嘘。そして、貴君はその嘘に踊らされ、国宝級の逸材を追放し、あまつさえ軍を差し向けた。王太子として、いや、人として、愚かとしか言いようがない」


 カイウスの言葉は、一刀両断にアルフォンスのプライドを切り裂いた。


「だ、黙れ……黙れぇっ!」


 逆上したアルフォンスが、近くに落ちていた剣を拾い、カイウスに斬りかかろうとした。しかし、その刃がカイウスに届く前に、彼の部下である騎士によって、あっさりと取り押さえられた。

 勝負は、決した。

 カイウスは、もはやアルフォンスに興味を失ったように視線を外し、再びエレオノーラに向き直った。そして、すべての者が見守る中、彼は彼女の前に静かにひざまずいた。


「エレオノーラ・フォン・ヴァイス嬢」


 カイウスは、彼女の手を優しく取る。


「身分を偽っていたことを許してほしい。君と過ごした森での日々は、私の人生において、何物にも代えがたい宝物だ」


 彼の真摯な言葉に、エレオノーラの頬が赤く染まる。


「君の優しさ、強さ、そしてその美しい魂に、私は心を奪われた。どうか、私の妃として、アークライト王国に来てはくれないだろうか」


 それは、あまりにも突然の、しかし、心の底からのプロポーズだった。


「私が、君のすべてを守る。君が君らしく、自由に笑っていられる場所を、私が必ず用意する。だから……私と共に、生きてほしい」


 森が、静まり返る。誰もが、固唾をのんで彼女の答えを待っていた。

 エレオノーラは、カイウスの瞳を見つめ返した。そこには、何の偽りもない、深い愛情が湛えられている。窮屈な世界から救い出してくれたのも、ありのままの自分を受け入れてくれたのも、彼だった。

 彼女は、最高の笑顔で、ゆっくりとうなずいた。


「……はい。喜んで」


 その瞬間、森中に、カーバンクルたちの祝福するような歓声が響き渡った。

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