第6話「深まる絆と芽生える想い」

 カイウスがエレオノーラのログハウスに滞在し始めて、五日が過ぎた。彼の捻挫した足は、彼女の手厚い看病と薬草のおかげで、順調に回復していた。

 はじめのうちは、お互いにどこかぎこちなかった二人だが、共に過ごす時間が増えるにつれて、自然と打ち解けていった。


「カイさん、その薪の割り方、とてもお上手ですわね!」

「これくらい、造作もない」


 カイウスは日中、薪割りや家の周りの力仕事を手伝った。エレオノーラはそんな彼のために、毎日腕によりをかけて美味しい料理を振る舞った。森で採れた新鮮な野菜や果物を使った彼女の料理は、王宮のどんな豪華な食事よりもカイウスの心を満たした。

 一緒に森を散策することもあった。エレオノーラはカイウスに薬草の知識を教え、カイウスは彼女に護身術の初歩を教えた。


「こうだ。相手の力を利用して、最小限の力で投げ飛ばす」

「まあ、すごい! 私にもできますかしら?」


 無邪気にはしゃぐ彼女の姿は、見ていて飽きることがない。カイウスは、自分がこんなにも頻繁に笑う人間だっただろうかと、自分自身に驚いていた。

 エレオノーラもまた、カイウスとの日々に心地よさを感じていた。彼は口数が少なく、表情もあまり変わらない。けれど、その行動や言葉の端々から、彼の誠実で優しい人柄が伝わってきた。

 彼は、私が元公爵令嬢だとは知らない。ただの「エレオノーラ」として、対等に接してくれる。それが、何よりも嬉しかった。

 ある日の午後、二人は小川のほとりで並んで座っていた。膝の上ではカーバンクルたちが気持ちよさそうに昼寝をしている。


「カイさんは、どうして薬草探しの旅を?」


 エレオノーラの問いに、カイウスは少しだけ考え込む素振りを見せた。


「……大切な人を、守るためだ」


 それは、半分は本当のことで、半分は建前だった。彼が守りたいのは、アークライト王国の民。そのために、彼は強くならなければならない。


「そうでしたのね。素敵な目的ですわ」


 エレオノーラは心から感心したようにうなずいた。


「あなたは? なぜ、都会を離れたんだ」


 今度はカイウスが尋ねる番だった。エレオノーラは遠くを見つめ、少しだけ寂しげな笑みを浮かべた。


「……私が私でいられる場所を探していた、とでも言いましょうか。窮屈な鳥かごの中で、誰かの理想を演じ続けるのは、もう嫌になったんです」


 彼女の言葉には、深い実感がこもっていた。カイウスは、彼女がただの世捨て人ではないことを察した。彼女もまた、何かから逃れ、何かと戦ってきたのだろう。


「ここでの暮らしは、自由で、穏やかで……とても幸せですわ。レオンや、この子たちがいてくれるから」


 彼女は愛おしそうにカーバンクルの頭を撫でた。その横顔を見つめながら、カイウスの胸に温かい感情が込み上げてくる。

 この笑顔を、守りたい。

 彼女が手に入れたこのささやかな幸せを、誰にも脅させはしない。

 そう、強く思った。

 それは、王子としての義務感ではなかった。一人の男として、カイウスの心に芽生えた、純粋な願いだった。


「足、もうすっかり良くなりましたわね。明日には、もう旅立てますか?」


 エレオノーラが、少し寂しそうに尋ねる。


「……ああ」


 カイウスは短く答えた。本当は、もっとここにいたい。だが、いつまでも身分を偽って滞在するわけにはいかない。はぐれた供も、きっと自分を探しているはずだ。


『伝えなければならない』


 彼女の規格外の魔力は、一国の軍事力に匹敵する。いや、それ以上かもしれない。グランツ王国は、なぜこれほどの至宝を手放したのか。愚か、としか言いようがない。

 そして、この力は悪用されれば、計り知れない脅威となる。彼女自身のためにも、信頼できる庇護者が必要だ。

 それが自分であればいいと、カイウスは思った。


「エレオノーラ」


 カイウスは彼女の名前を呼んだ。エレオノーラが不思議そうに彼を見つめる。


「俺は……」


 正体を明かし、彼女を自分の国へ迎えたい。そう言いかけた時、森の遠くから、甲高い角笛の音が響き渡った。

 それは、カイウスの供が、彼の居場所を知らせるための合図だった。

 同時に、エレオノーラの傍らで休んでいた聖獣レオンが、唸り声を上げて立ち上がった。その視線は、カイウスが来た方向とは逆の、グランツ王国の方角を鋭く見据えていた。

 森の穏やかな空気が、一瞬にして張り詰める。

 何かが、起ころうとしていた。

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