第3話 裏路地の祈り

昼でも暗い裏通り。

アオイが灰皿の上に煙草を押し付け、歩き出す。

ビルの壁には「未成年暴行」「麻薬密売」の張り紙が剥がれかけている。


ナレーション:アオイ


「この街じゃ、正義を語る奴はまず疑え。

嘘つきの方が、よほど優しい顔してる。」


彼は派遣警備の現場から戻る途中、

路地の隅で、ボロボロのスニーカーを履いた少年が座っているのを見つける。


アオイ


「おい、どうした。ここで寝ると、ゴミにされるぞ。」


少年は黙って顔を上げる。

目の奥に怯えが滲む。


少年


「……あの人、殺される。」


アオイ


「誰が?」


少年は言いかけて、唇を噛んだ。

その直後、通りの奥で車のエンジン音。

アオイが振り返ると、黒いバンがゆっくり通り過ぎた。



五十嵐のバー「アーク」


夜。

薄暗い店内。

半グレのボス・五十嵐が、グラスを拭きながらアオイを睨む。


五十嵐


「ガキを拾った?お前、相変わらず面倒ごとに首突っ込むな。」


アオイ


「お前もガキの頃、俺に拾われただろ。」


五十嵐


「……昔の話をすんなよ。」


アオイ


「そのガキ、“誰かが殺される”って言ってた。

この街じゃ珍しくねぇが、目がマジだった。」


五十嵐はしばらく黙っていたが、煙草に火をつけた。


五十嵐


「……渋谷西の再開発ビルで、事故が多発してる。

表向きは工事ミス。けど裏じゃ“口封じ”って噂もある。」


アオイ


「つまり、あのガキが見たのは──」


五十嵐


「言うな。関わるな。

それは“上”の案件だ。」



古アパート・深夜


アオイが少年を連れて帰る。

カップラーメンを二つ並べ、湯を注ぐ。


少年


「……俺、見たんだよ。

ヘルメットかぶった人が、ビルの屋上から落とされるの。」


アオイ


「通報は?」


少年


「した。でも“デマだ”って言われた。」


アオイは黙って煙草を咥え、窓の外を見た。

雨が降り出す。


アオイ


「……いいか。見たことは忘れるな。

けど、生き残るためには、喋るタイミングを選べ。」


少年


「碧さんは……信じてくれるの?」


アオイ


「信じる。俺は、見た目より馬鹿だからな。」



廃ビル跡地


翌日。

アオイは五十嵐の忠告を無視して、現場へ向かう。

フェンスの中には、作業員の遺留品や血痕が残っていた。


すると、背後から声。


謎の男


「お前、取材か?」


アオイ


「ただの通りすがりだよ。」



「通りすがりが、ここに来るかよ。」


男の手には鉄パイプ。

アオイは反射的に間合いを詰め、相手の手首を制する。

パイプが地面に転がる。


アオイ


「誰の指示でやってんだ。」



「知らねぇ! ただ“黙らせろ”って言われたんだよ!」


アオイ


「誰を?」



「……“目撃したガキ”だよ。」



バー「アーク」・再び


アオイが血のついたパイプを置く。


五十嵐


「……お前、もう引けねぇな。」


アオイ


「最初から引くつもりはねぇ。

この街の“口封じ”は、もう見飽きた。」


五十嵐


「なら、俺も手を貸す。

けどな──そのガキ、もういねぇぞ。」


アオイ


「……どういう意味だ。」


五十嵐


「さっき、誰かに連れてかれた。」


アオイの拳が音を立てて握られる。


五十嵐


「アオイ、忠告しとく。

この街の“正義”を信じるな。

信じていいのは、自分の中の“人間”だけだ。」



路地裏の夜


雨の街に、アオイがひとり立つ。

路面の水たまりに、ゆいの名前で保存された連絡先が反射して光る。

だが通知は鳴らない。


ナレーション

「人を救いたいなんて綺麗事、

この街じゃ笑われる。

けど、それでも“誰かを信じる”って気持ちは、

まだ俺の中で、死んじゃいねぇ。」


遠くで救急車のサイレンが鳴る。

アオイは小さく呟く。


アオイ


「……ゆい、見てるか。」


煙草の火が、闇に溶けていく。

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