第13話 朝の光に裸で立つーー俺が生まれ変わった瞬間

朝は嫌いだった。

俺にとっての朝は散々欲望のタケを発散し、屍となった体を灰にしてしまう空虚な時間だった。

誰もいない寂しい廃墟のような街を、抜け殻になった心で家まで帰り着く。

帰る家があるのはまだ良い方なのだろう。

少しはまともな暮らしがしたい気持ちが残っているらしい。

家にも帰らず野放しになって日々を享楽的に過ごすよりマシだった。


そんな俺が変わり出したのは少し前からだった。

ほんの数週間前にはグールのように夜毎街に繰り出してはその夜限りの肉体を貪り、熱の引いた後の寒々しいベッドを明け方抜け出す生活を繰り返していた。

しかし仕事が終わって夜の街を歩いてもそれまで自然に足が向いていた繁華街には行く気も失せ、代わりに芝公園や芝浦埠頭など静かな場所を当てどなく歩くようになった。

歩いていると不思議に気持ちが落ち着いた。

どこか寂しさが居座っていた心が、日を追うごとに軽くなり楽になった。

そんな心で観る夜の街はキラキラ輝いて美しかった。

見慣れていたいたはずの東京タワーがこんなに清々しく夜の空に輝いている。

ライトアップがこんなにもバリエーション豊かだったことに気がついた。

虎ノ門ヒルズの庭園。

ライトアップに浮かぶ不思議なオブジェ。

緑豊かな小径を歩いていると心身ともにリフレッシュする感覚を知った。


夜の街を心ゆくままに歩いて帰ってもまだ20時過ぎ。

熱いシャワーを浴び、軽い夕食を済ませ、スコッチを片手にリビングから六本木方面を眺める。

美しく映る夜景。

しかしその真っ只中では今夜も数多に光る黒真珠が輝きを放っているだろう。

しかし、俺は今、こうして一人静かな夜の中で満ち足りた時を過ごしている。

自分でも驚くほどの転身ぶりだが、元々求めていたものを考えると、あるべきところに心が戻ったとも感じていた。


探し求めてやっと巡り会えた宝石。


さてどうやってまた会おうか…。

彼女に連絡先は渡した。

だから彼女から連絡がない限り二人は会うことはない。

しかし彼女に関しては何の脈略もなく、また会えるような予感めいたものを感じていた。


品行方正な暮らしぶりになると朝も変わった。

夜早く寝付くと自動的に朝も早く目が覚めた。

退屈紛れに朝焼けの街を見下ろしていると無性に出かけたくなった。

それまで廃墟のように感じていた明け方の街も、視点を変えれば感じ方も変わってくる。

朝の光を浴びた木々は瑞々しく、土は地熱と太陽で温まり白い水蒸気が立ち昇る。

木立の小道は草木の香りに包まれ、夜露に濡れた花々は朝日を反射してキラキラ輝いた。

ベッドの中だけが自分の宇宙だと思っていた世界が突然広がり、俺はちゃんと世界の中にいた。

こんな日が再び戻ってこようとは自分でも全く思っていなかったことだった。


今朝も早朝散歩で虎ノ門方面に向かった。

ヒルズはまだ空いていないだろうがコーヒーショップくらいは開いていないだろうか…。

向かってみたがやはりまだ開いていない。

外堀通りを新橋方面に歩けばどこか開いているかもしれない。

そう思い通りを歩き出す。

ヒルズ前の交差点を渡った時、目の前に小さなコーヒースタンドが店を開けているのが見えた。

ラッキータイミングに顔を綻ばせスタンドへ向かう。

スタンドの横には数脚のスツールが置かれ、すでに先客がいた。


長い髪を後ろで縛り、品の良いセットアップに水色と白のスカーフを巻いた女性。

一人、満ち足りた様子でカップを傾けている。


彼女だった。


To be continue…

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