第8話 私にとってのクリスマス
この物語はフィクションです。
男が私を見ている。
男の纏うダークさからはほど遠い温かな眼差しを私に注いでいる。
もし、魔界の魔王が地獄の民が震え上がるような面を、例え一瞬でもこんな風に柔らかで温かいものに変えるとするならばそれは一体何から来るのだろう?
こんなダークな男がまさかイルミネーションになど感化された訳ではあるまい。
いや、さっきからずっとクリスマスの雑踏とイルミネーションを見ながら瞳をキラキラ輝かせていたではないか!?
鬼の目にも涙というものか…
そんなことを思っていると男が不意に話しかけてきた。
「クリスマスって特別な日だと思いますか?」
はじめは、なんのことかしら?と惑った。
特別にも色々ある。人によって様々違ってくるだろう。
単純に煌びやかなイベントが好きな人にとっての特別か?恋人との思い出を作る大切な日という意味の特別か?
私はしばらく考えに耽ったが一般的なクリスマスの捉え方について答えることにした。
「クリスマスが特別な日かって捉え方によるんじゃないかしら?宗教観や家族観によっても変わってくるだろうし。特別だと思う人は、子供の頃のメルヘンをそのまま信じて大人になった人、あるいはそのかけらを失いたく無い人かもしれないわね」
一般的に答えたのでかなりクールな受け答えになってしまったが概ね私がクリスマスに感じていることを伝えた。
しかし、私自身の考えはちょっと違う。
私にとってクリスマスは少しロマンティックでそして少し寂しいものだ。
クリスマスといえば大抵プレゼントを交換したりクリスマスパーティーを催したり、恋人と二人で過ごしたりと楽しくてときめくものだ。
私もクリスマスの持つ華やかさが大好きだ。
しかし光が強いと影も濃くなる。
お祭り騒ぎの群衆の中にいても時折感じる取り止めのない寂しさ…。
その寂しさは、年末の静けさに似ている。
一年を「やりきった」と心の底からホッとしても、また次の戦いに身を投じるのかと思うと、正直、身がすくむ元旦の朝。
その気持ちに負けないように私は、寒空の下、初日の出を見に行く。
自分の足で、その年のスタート地点に駒を置くために…。
なんてとりとめのないことを考えながら、彼にとってはどんな思い入れがあるのか思い巡らせてみる。
それぞれに何かしらあるのだろう…彼にとってそれは何なのだろう?
すると彼の方から
「では、あなたにとってはどうですか?」と尋ねてきた。
私は胸の内を見透かされたような恥ずかしさを覚えあえて彼に言う。
「失礼だけど、私、あなたと知り合いでもないし…。そこまであなたとクリスマス談義するほど近しい仲ではないわ。せめて質問するならあなたから答えるのが礼儀じゃない?」
焦りを隠して冷たく言い放ったつもりだったが、彼は瞳を輝かせて私を見ている。
どんな感性をしているのだろう?
普通女にこんな言葉を浴びせられたら大抵の男は怯むか、憤慨するかのどちらかじゃないかしら?
この瞳の輝きは何から来るのかしら?
私の好奇心が少し疼き始める。
彼は非礼を詫び、自分はクリスマスを特別とは思っていない。バブル世代が自慢気に話してくる過去のイベント的に捉えているという内容だった。
私はその答えより彼がその直前に示した提案に興味を持った。
彼は「初めて出会ったもの同士。こういう場合は自己紹介からだろけど、僕たちはまだそれ以前の状況。だから今はたまたま隣り合ったもの同士が世間話に興じていることにしましょうよ」
クレバーな男だと思った。
ズカズカ私の気持ちなどお構いなしな踏み込んで来る男とは違う気がした。
お陰で私も気負うことなく素直な気持ちで受け答えすることが出来た。
「私はクリスマスが好きよ…煌びやかな街が好き。今と昔は違うだろうけど今の時代のささやかなクリスマスが好き」
そう答えた。
すると彼が
「あなたのそばにはそう思わせる誰かがいるのでしょうね」
私はそれには答えず代わりにこう答えた。
「もしも一人では楽しめないというのならとても勿体ない事だと思うの。誰かがいなくても食べたいものを食べ、行きたいところへ行く。それが真実じゃないかしら?」
それは本音だった。
何も全て一人でこなせというわけではない。
人と一緒に見る景色や食べる物は感動も二倍になるだろう。
しかし、誰かと都合が合わなかったとき、行きたい場所や食べたいものが折り合わなかったとき…。
そんな時に「私も止めとく」という人がいかに多いか。
何も計画を諦めたりしないで自分一人で行けばいい。
至極単純なことではないか?
私、少し強気に言い過ぎたかしら?
内心オドオドしながらも真っ直ぐ彼の瞳を覗く。
彼は私の内面を一つ一つ精査するように私の瞳の奥を読み込んでいた。
to be continue…
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