第7話 それぞれの捉え方から見える価値観
この物語はフィクションです
女とまともに顔を合わせた。
相変わらず警戒を解かないのか表情が硬い。
しかし瞳だけは先ほどまでより心なしか柔らかく見える。
俺の中に何かを見たのか…?
何を見た…?
先ほどから柄にもなくイルミネーションなんかに見とれていた。
自分でもこそばゆい。
浮かれたクリスマスなんて俺には縁のない世界。
そんな清らかな気持ちなんて生憎持ち合わせてなどいない。
もっともクリスマスに清らかな気持ちでいる男なんているのか甚だ疑問ではあるが…。
バブルならまだしも、クリスマスを特別な日だと思っている同世代がいるのだろうか?
そう思ったら自然に隣にいる女性に話しかけていた。
「クリスマスって特別な日だと思いますか?」
すると女性はしばらく俺の顔をじっと見つめたあと話し始めた。
「クリスマスが特別な日かって捉え方によるんじゃないかしら?もちろんクリスチャンにとっては特別な日でしょう…。でもそうではない人にとってそれこそ何の変哲も無いただの365分の1日かもしれないし、逆に世間が浮かれていることがバカバカしく感じる日でもあるかもしれない。特別だと思う人は、子供の頃のメルヘンをそのまま信じて大人になった人、あるいはそのかけらを失いたく無い人かもしれないわね」
ーー意外にクールに答えたなあ。
どうやら世間を斜に構えて見つめるタイプらしい。
ーー嫌いじゃないよ
「ではあなたにとってはどうですか?」
しばしの沈黙の後
「失礼だけど、私、あなたと知り合いでもないし…。そこまであなたとクリスマス談義するほど近しい仲ではないわ。せめて質問するならあなたから答えるのが礼儀じゃない?」
意外に鋭い切り返しに少し嬉しくなる(決してマゾではない!)
だいたいの女が知り合ってもいない間からこちらが聞いてもいないことをベラベラ話してくる。
だから水を向ければ自動的に話してくれる女性ばかりだった。
見方を変えればここしばらく、そんなレベルの女性にしか出会っていなかったということだ。
俄然やる気に火がつく。
「いやいや、失礼しました。なんだか先ほどのあなたの瞳にすっかり取り込まれてしまったようだ。ちょっとホッとしたものだから打ち解けた気になってしまっていました」
嘘ではない。
先ほど感じたままを正直に告げた。
「こういうときは自己紹介でしょうか?でも僕たちはお互いまだ、たまたま隣り合っただけの間柄。自己紹介以前の状態ですよね…。ではどうです?たまたま隣り合った二人がしばし世間話に興じた。こんな感じでどうです?」
すると彼女が少し頬を緩めて言う。
「いいわ。それなら筋も通るし、話すにはちょうどいい理由付けね」
少しだけ二人の間の空気が和らいだ気がした。
「では僕から。クリスマスには正直あまり興味がありません。会社の年配者からは散々バブル期の浮かれたクリスマスの話を聞きますが実際、自分が体験したわけじゃない。体験したこともないからどんなものかもわからない。だから、それに対して何を思うということもないし憧れもない。それに、この季節になるとその世代からーーバブルの頃はなあーーって聞かされるから反射的に拒否反応が出てしまう。だから僕はクリスマスだからといって特別な日だとは思いませんね」
彼女はテーブルを見つめながら黙って聞いていた。
そしてふと瞳をあげると静かに話し始めた。
「では私の番ね。結論からいうと私はクリスマスが好きよ。街が華やぐ感じが好き。イルミネーションがキラキラ輝いてそれぞれの街に火が灯る感じが好き。もちろん私も昭和世代の話は散々聞かされるけれど、多分その頃とは違う今のクリスマスが好き。ささやかだけど暖かさを感じる」
ーー彼女は窓の向こうの街明かりを見ながら僕に話してくれた。
「そう感じるには誰か君のそばに寄り添う男性がきっといるのでしょうね。あなたにそんなうっとりした表情でイルミネーションを見させる男性が…」
「さあ?どうかしら…」
「でも私は一人でも同じように感じることができると思うわ。もし誰かが隣にいてくれなければ感動しない、楽しめないというのならその人はとても勿体無いことをしていると思う。誰かが隣にいなくても、たった一人でも、その場を十分楽しめる、それが真実じゃないかしら?」
「何をしても、どこへ行っても、何を食べても、一人では意味がない。それこそ私にとって意味のないことだし、そんな価値観では勿体無いと思うわ」
そう静かに話す彼女を見る。
彼女はまっすぐ目の前の綺麗なイルミネーションの海を見つめていた。
彼女のこの言葉が果たして本心からのものかはわからない。
しかしこうしてまっすぐな瞳でイルミネーションの海に心を映している彼女をもっと知りたいと思ったことは確かだ。
危うくこの瞬間に溺れて彼女を信じ切りそうになった自分の気持ちを慌てて立て直した。
To be continue…
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