第3話 エルメスが似合う女
このお話はフィクションです。
実在の人物・団体とは関係ありません
カフェのドアに手を掛けた時、本能的に開けるのを躊躇った。
怖いわけじゃない。
俺が怖がるなんてありえない。
しかし今までとは違う不安が胸をよぎる。
しかし何かが変わる予感だけは感じることができた。
それが良いものか悪いものか‥。
どうする?
一息ついて自分に問う。
ーーもう答えは決まっているじゃないか。
もう一人の自分がささやく。
迷うなんてお前らしくない。
迷ったら行くしかないだろう?
一度眼を閉じたあと俺はカフェの扉を押し開けた。
すかさず窓際の女性に眼をやる。
彼女は背の高いカウンターテーブルに肘をかけ両手でカップを包み込むようにコーヒーを飲んでいる。
すっかり夜の帷の降りた夜景はウィンドウを鏡代わりにして女性の姿をこちらに映し出している。
オーダーカウンターに並びながらさりげなく、でもしっかりと彼女を観察する。
切れ長の瞳。
ゆるくウェーブのかかった背中まである長い髪をそのまま下ろしている。
しかし手入れが行き届いているであろうその髪は艶やかで自然に下ろしていても様になる。
上下グレーのスーツ、膝丈のタイトスカートからは細く形の良い脚がスラッと伸びている。
肩口にはエルメスのスカーフが無造作に掛けられている。
普通、さほど着こなしに自信のない女性が身につけると途端にイミテーションぽく映るが、彼女が身につけていると本物以上に本物に見える。
コーヒーを運ぶ口元を見ると真っ赤なルージュが引かれているが全く下品さは見受けられない。
彼女がつけているとかえってノーブルな印象を与えた。
「ご注文は?」
バリスタが声をかける。
「ロイヤルミルクティーを」
言ってから後悔した。
何故ロイヤルミルクティーなんか頼んだ?
自分で自分にツッコミを入れる。
これじゃ高校生じゃないか。
自分の高校時代を思い出す。
ティーンの頃はコーヒーなど飲めずもっぱら紅茶を飲んでいた。
そのうち紅茶単独だと面白みがなくなりロイヤルミルクティーを頼むようになった。
ミルクティーより少し高級な感じがしたからだ。
ロイヤルがついただけで特別な飲み物のような気がした。
実際飲んでみるとそのなめらかな舌触りとまろやかな味わいにすっかり虜になった。
何故今ここでロイヤルミルクティーをオーダーしたのだろう。
思い返してみると、なんとなく少し胸がざわついた。
何故?
彼女を見たから‥。
なんとなくその胸のざわつきが少年期に体感するそれと似ていたから‥?
まさか
よぎる思考に自分で否定の言葉を被せる。
恋?そんなガキじみた幻想に俺が振り回されるはずがない。
そう自分に言いわけするようにかぶりを振りドリンクを受け取った。
空いている席を探す。
店内は満席。
しかし彼女がコーヒーを飲んでいるカウンターテーブルは人一人入れるスペースはある。
ーーしめた。
彼女のテーブルに向かって歩き出す。
あと50cmと言うところで彼女がこちらを振り返った。
To be continue…
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