第2話 私の純愛
このお話はフィクションです。
実在の人物・団体とは関係ありません
渋谷などなかなか来る街ではなかった。
たまたま見たかった美術展が青山で開催されていてその道すがら渋谷までフラッと歩いてみたくなった。
初秋の外苑
まだ銀杏には早かったがセンチな気持ちになるには十分な黄昏が迫って来ていた。
夕波の青山通り
私はこの時間帯が一日のうちで一番好きだ。
特に商店が立ち並ぶこうした場所の夕暮れ時はなんだか郷愁を誘う。
会社が引けて街へ繰り出す人達と、明かりを灯しそれらの人を迎える商店の人々。
そんな、昼間と夜の交差するのを肌で感じる時間。
そんな懐かしさに浸りながら青山通りを渋谷方面へと歩いた。
私が懐かしさを覚えたのにはもう一つ理由があった。
渋谷は私が通っていた大学からほど近く、遊ぶところといえば渋谷だった。
だから渋谷は遠い思い出が詰まった場所とも言える。
あの頃と替わらない場所を通りかかったらなんとなく懐かしい気持ちが残り香のように立ち昇って来る。
学生時代の私は辛い恋をしていた。
相手は学生の割にどこか黒い魅力のある男で女達からの誘いは常に途切れることがなく、私はいつも不安な気持ちでいっぱいだった。
不安に耐えきれなくなり彼から離れようとすると教室の前などで待っている。
背中を丸めポケットに手を突っ込み節目がちにこちらを見る。
その目を見るとなんだか離れがたくなり元の状態に戻されてしまう。
いつの間にか昼も夜も彼にかかりきりになり、しまいには自分自身を見失う結果になった。
そんな日々を過ごした街を久しぶりに歩く。
ほろ苦いがもう思い出に変わっていた。
そんな感傷を胸にそぞろ歩いているといつの間にか渋谷に着いていた。
渋谷はちょうど人々が街に繰り出す時間でどこも混雑し始めていた。
ヒカリエの前を通りかかった時入り口に面しているカフェが目に入った。
ーーちょうど歩き疲れてきたし少し休んでいこうかしら‥
外が見渡せるカウンター席が空いていた。
私は熱いコーヒーを注文して席についた。
ゴールデンタイムを前にヒカリエ前は人で混雑し始めた。
私の席からガラスを隔てて一人の男性がこちらに背を向けて立っている。
背中を少し丸めポケットに手を突っ込んで正面の駅の壁面に描かれている幾何学模様をぼんやり眺めている。
その姿を見てふと既視感を覚えた。
私の中の警報が鳴り響いた。
元彼の顔が思い浮かぶ。
彼もきっと同じ人種なんだろう。
私が関わってはいけない人種。
あれから付き合う相手だけは慎重に見極めてきた。
一度踏んだ轍は二度と踏みたくはない。
どんなに優しそうな男でも裏では別の顔を持っている場合もある。
おかげで見た感じでどんな人なのかなんとなくわかるようになった。
この男からは黒いオーラを感じる。
無表情の中に人を寄せ付けない冷たい空気をまとっている。
そして今夜も、獲物を探してこの渋谷を徘徊しているのだ。
男が数歩前に出る。しばらく一人の女性を凝視していると踵を返しこちらに戻ってくる。
その時、男の視線がこちらを捉えた気がした。
背筋に冷たいものが走る。
来ないで!
男が扉を押してカフェに入ってきた。
To be continue‥
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