秩序をデザインする力──2025年ノーベル化学賞「MOF」という奇跡

伽墨

勝手にレゴブロックが組み合わさっていく──

バラバラのレゴブロックがお風呂の中に浮かんでいるのを想像してみてください。

ただのお湯なら、ブロックはぷかぷかと漂うだけで、何も起こりません。

でも──MOFは違います。

湯船の中でブロック同士がカチッ、カチッと音を立てながら、自分たちで秩序正しい構造を組み上げていくんです。

しかもその形は、誰かが設計図を渡したわけでもないのに、完璧に整った立体格子。


今年のノーベル化学賞を受賞したのは、このMOF(金属有機構造体, Metal-Organic Framework)を発見し、自在に設計できる方法を確立した研究者たちです。

分子が勝手に「秩序を組み上げる」という現象を、化学者の手で“デザインできる技術”に変えた──それがMOFの本質です。


サッカーボールは五角形と六角形がぴったりと組み合わってできていますよね。

MOFにも、それによく似たところがあります。

ひとつは決まった角度をもつ金属イオン、もうひとつは長さや形を変えられる有機分子。

この二つをうまく設計してあげることで、分子たちは勝手に“設計図”を読み取り、三次元的な構造を自ら作り上げていくんです。

出来上がるのは、単なる観賞用の小さな城ではありません。

それは──ガスを吸い込んだり、光に反応したり、分子を選び分けたりする、機能する芸術作品です。


たとえば水素。

水素分子って、信じられないくらい小さいんです。

あまりに小さすぎて、普通の容器に詰めても分子の隙間から勝手に逃げ出してしまう。

しかも水素は、世界でも指折りの“燃えやすいヤツ”。

もし漏れでもしたら、ちょっとした火花で大惨事です。


そんな扱いにくい水素を、安全に、しかもコンパクトに持ち運べるようにしたのがMOFのすごさ。

MOFの内部には、分子レベルで“無数の穴ぼこ”が空いていて、

その一つひとつが水素分子の大きさにピタリとはまるよう設計されています。

だから、まるでレゴブロックの凹凸がぴったり噛み合うように、水素分子がすっぽりと収納されるんです。


MOFのすごさは、それだけではありません。

二酸化炭素を吸着して地球温暖化を防ぐ「CCUS (Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage, 二酸化炭素の吸収、活用、貯蔵)」の主役にもなるし、

光を当てると構造を変える“呼吸する結晶”としても働く。

さらには、右手型と左手型の分子を分ける「キラルなふるい」として、薬の精製にも欠かせません。


──と、ここでは4つの用途を紹介しましたが、

実際には、紙面の都合で書ききれないほどの応用が山のようにあります。

つまりMOFというのは、ひとつの物質というより、「秩序をデザインするための技法」なんです。


だからこそノーベル賞なんです。

ただ新しい物質を見つけたのではなく、

「レゴブロックのように、分子レベルで自由に何でも作れる方法」を発明した。

それは、化学を“偶然の発見”から“意識的な創造”へと進化させた瞬間。

MOFは、分子たちが生み出した最も美しい秩序であり、

人間が“秩序そのものを設計できる”ことを証明した、魔法の発見だったのです。

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秩序をデザインする力──2025年ノーベル化学賞「MOF」という奇跡 伽墨 @omoitsukiwokakuyo

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