第29話 光翼の誓い

 夜明け前――空はまだ黒く、風が灰を巻き上げていた。

 かつて美しかった街並みは、いまや焦土と化していた。

 砕けた塔。燃える瓦礫。

 生者の声はなく、ただ“鼓動”だけが残っていた。


 その鼓動の正体は――闇の巨獣、アドナイル。


 かつて人々を喰らい、勇者によって封印された“深淵の化身”が、今なお立っている。

 胸の《影心(シャドウ・コア)》が再び赤黒く脈打ち、

 地中の闇を吸い上げて再生を始めていた。

 立ちこめる黒煙の中、五人の影が立ち尽くす。

 崩れた建物の影、焦土の上に立つ五人の影。

 それは、すでに限界を越えた冒険者たちの姿だった。


「……みんな、生きてる?」

 セレナが小さく問いかける声に、返るのは掠れた息。

 悠真が剣を杖のように地面へ突き立て、汗を拭う。

「なんとか……な。けど、もう一撃来たらマジで終わるぞ……!」

 リサが肩の弓を直しながら息を整える。

「影核の位置、また変わってる……これ、まともに狙えない」

 その言葉に、セレナが瞳を閉じ、深く息を吐く。


 ――まだ終われない。

 誰も倒れていない。光は、まだ消えていない。


 杖を高く掲げると、淡い光が空に線を描いた。

「戦術連携、発動。《タクティカル・オーダー:光戦陣形》!」

 

 杖の宝珠が輝き、五人を結ぶ魔力の線が空に浮かぶ。

 蒼と金の光が絡み、陣形が完成する。


「おうよ……ここで決めるぞ!」

 悠真が笑う。口元に血を滲ませながらも、その声は戦士の誇りに満ちていた。


「行こう。次は、私たちの番だ!」

 ミリアの声が響いた瞬間、光の陣が脈動した。


 魔力リンクが心を、呼吸を、魂を一つにする。

 悠真が影の腕を誘導してアドナイルの注意を逸らす。

 リサが弓を引き絞り、黒い鱗の狭間―影核のある部位を正確に狙う。


「運命華彩魔法、舞い降りなさい……! ミリア様、今ですわ!」

 クリスティアの詠唱が風を裂く。

「右胸下! そこだ、ミリア!」リサの声が響く。


 光が収束する。

 ミリアの《封光剣》が一閃――!


 純白の光刃が夜を裂き、アドナイルの胸に突き刺さる。

 巨体が一瞬だけよろめいた。


「……通った……!?」

 悠真が驚く。

 アドナイルが低く唸り、傷口から黒煙が溢れ出した。


 闇が怯んだ。

 光が地を裂き、闇を吹き飛ばす。


 アドナイルが呻いた。

「グ……ァ……?」

 巨体がたたらを踏み、闇の外殻がひび割れる。


 ――だが、すぐに黒炎が吹き上がる。


アドナイルが怒りの咆哮を上げる。

「グルルァァァァェェェェ!!」


黒い稲妻が空を裂く。

 《深淵波動》《闇雷鎖》《召喚:魔獣の群れ》――三種の闇魔法が同時に展開された。


 影の獣たちが地面から湧き出し、都市を飲み込む。


「ぐっ……! 影が絡みつく!」

 悠真の足を黒鎖が締め付ける。


「《防御結界》展開――持たせるわよ!」

 セレナが魔法陣を広げ防御障壁を重ねる。


「矢が通らない!? 再生してる!?」

リサが焦りの声を上げる。


「運命の花よ、咲き誇れ……希望を――!」

 クリスティアの詠唱が夜に響く。

 運命の花弁が舞い、仲間たちの体を再び動かす。


 だが、闇は止まらない。

 絶望が空を覆い、光が飲み込まれようとしていた。

 

 ミリアは一歩前に出た。

 封印核の光が彼女の胸で脈動する。

 髪が青から白銀へと染まっていく。


「……怖くなんて、ない。光は――誰にも奪わせない!」


 《光翼飛翔》。

 背から生えた六枚の光翼が羽ばたき、少女の体が宙へと舞い上がる。

 風圧で瓦礫が吹き飛び、夜空に白い光の軌跡を描いた。


 《光烈波》《封光剣》――二連発。

 轟音と閃光。

 黒炎が消し飛び、アドナイルの胸に深々と傷が刻まれた。



「今のが……通った、のか!?」

 悠真が息を呑む。


「ええ……確かに“通った”。でも、まだ足りない――!」

 セレナの声が震える。


 アドナイルの体が再び震えた。

 闇の結晶が全身を覆い、巨大な翼が再生される。

 “最終段階”。それは、ガルド都市の終焉を意味していた。





「リベリオン――黒界崩壊ッ!!」

 アドナイルが叫ぶ。

 地面が陥没し、都市ガルドの影が螺旋を描いて空へ伸びる。

 黒雲が渦巻き、太陽が完全に覆われた。


「……魔力反応、限界突破!?」

セレナが叫び、


「運命すら……歪めてる!?」

クリスティアの瞳が見開かれる。


「だったら俺たちが……運命をぶっ壊してやるッ!!」

悠真が吠える。


 その叫びに応えるように、ミリアの光が爆ぜた。

 白から金、そして蒼白――

 “英雄の光”と“封印の闇”が、ひとつに溶けていく。


「……英雄の名にかけて、光で終わらせる!」


 仲間たちが一斉に力を送る。

「ミリア、行けぇぇっ!!」

「全弾援護射撃!」

「魔力リンク安定、発動!」

「運命華彩魔法――彼女を導きなさい!」


 空が裂けた。

 雷鳴のような光柱が降り注ぎ、世界が白に染まる。

 ミリアは天を指し、叫んだ。


「この街の未来は――光に還す!!」


 《神光断罪(セレスティアル・ジャッジメント)》!

 聖なる光が嵐のようにアドナイルを包み込み、

 闇を、絶望を、そして憎悪を焼き尽くす。


「グオォォォォォォォ――――!!」

 アドナイルの断末魔が空を裂き、

 その身が崩壊する瞬間、赤黒い“影核”が露出した。


 ミリアの瞳が光を宿す。

「あなたの心は、闇じゃない――!」

 封光剣が振り下ろされ、核を貫いた。


 瞬間、世界が光に包まれる。

 音も風も消え、ただ、静寂だけが残った。




 風が吹く。灰の匂いと共に、夜明けの気配が漂う。

 焦土の上、仲間たちが息を整えながら立ち尽くしていた。


「……これが、“影核”の残滓。」

セレナが光る結晶を拾う。


「消えた……やったんだな……!」リサが安堵の笑みを浮かべる。


「……終わったのか。」

悠真が剣を肩に担ぎ、空を見上げた。


「いいえ。彼女が――終わらせたのですわ。」

クリスティアの声が優しく響く。


 ミリアはゆっくりと聖剣を地に突き立て、膝をつく。

 光の残滓が舞い、静かな朝日がその姿を照らした。


「……あなたの心は、闇じゃない。光を、取り戻せたんだね……レオン。」


 その呼びかけに応えるように、空に淡い光が浮かび、幻影が微笑む。

 英雄レオン・ガルド――封印を託した伝説の男。


「よくやった。光は、お前の中にある。」

「……ありがとう、レオン。」

ミリアが微笑み、頬を涙が伝う。

それは悲しみではなく、解放の証だった。

 幻影は頷き、やがて光の粒となって消えていった。

 空は紅に染まり、夜が明ける。




 都市ガルドに朝日が差し込む。

 瓦礫の間から、小さな花が顔を出していた。

 領民たちが静かに立ち上がり、再び歩き出す。


「……次は、俺たちが伝説を作る番だな。」

悠真が空を見上げ笑う。


「そうね。光が続く限り――何度でも立ち上がるわ。」

ミリアが微笑む。


「戦いは終わった。でも、希望はこれから。」

セレナが言い、

「運命の花は……まだ、咲き続けますわ。」

クリスティアがそっと笑う。


 風が吹いた。

 ミリアの髪が陽光を受け、金と銀が混じるように輝く。

 空へ、小さな羽根が一枚、ふわりと舞い上がった。


 ――その羽根が昇るたびに、世界は少しずつ、光を取り戻していく。


 彼女は剣を見上げ、静かに呟いた。


「……これが、光翼の誓い。」


 そして、夜明けの光が、すべてを包み込んだ。

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