第24話 花が導く英雄の光

 朝の霧が、街全体を覆っていた。

 濡れた石畳が鈍く光り、商店の軒先にはまだ冷たい霧の雫が垂れている。


 だが――その静けさは、まるで嵐の前触れだった。


「……なあ、なんか……静かすぎねえか?」

 悠真が槍を肩に担ぎながら、広場を見回す。

 彼の声は、湿った空気に吸い込まれていった。


「落ち着くって言えば落ち着くけど……」

 リサが矢筒を軽く叩き、眉をひそめた。

「この霧、嫌な感じがするのよね」


 霧の奥、瓦礫の影に潜む商人たちが息を殺す。

 子どもが母親の腕を掴み、小さな声で囁いた。

「おかあさん、こわい……」


 まるで街全体が息を潜め、何かを待っているようだった。


 その瞬間、霧の奥から、低い詠唱が響いた。


「――影よ、覆い尽くせ」


 次の瞬間、黒い霧が爆ぜるように広がる。

 黒衣の信徒たちが現れた。顔は布で覆われ、目だけが光を放つ。


「来たか……っ!」

 悠真が槍を構え、前へ踏み出す。


「全員、広場を守れ!」

 騎士団長の号令が響く。

 兵士たちが盾を構え、冒険者たちが剣を抜いた。


 その中心で、光の粒がひとつ、かすかに瞬いた。

 ――それは、クリスティアの魔力だった。



 信徒たちは呪符を放ち、黒炎が爆ぜる。

 防衛線の前列が吹き飛び、瓦礫と炎が広場を覆った。


「ぐっ……やつら、どこからこんな数を!?」

「剣が通らねぇ!? 影が……身体を呑んでやがる!」


 絶望の声が次々に響く。

 兵士たちは後退し、冒険者たちも次々と倒れていく。


 リサが矢を放ち、セレナが回復魔法を詠唱するが、焼け石に水だ。


「悠真! 左からも来る!」

「分かってる、くそっ――止まんねぇ!」


 剣の一撃が影を裂く。しかし影従者は霧と共に再生する。


「ぐあっ……! 盾が、溶ける!?」

 兵士が悲鳴を上げ、腕を押さえて倒れる。


 その光景を、商店の奥で見ていた領民が呟いた。

「……もう、終わりなのか……」


 街を覆うのは、戦火と――祈りだった。

 誰もが心の底で願っていた。

 “誰かが救ってくれる”と。


 混乱の中、ひとつの足音が霧の中に響いた。

 その音は、まるで音楽の始まりのように優雅で、強く。


「皆、目を逸らしてはいけませんわ!」


 澄んだ声が広場全体に響く。

 クリスティア・ガルド。

 その金の髪が光を受け、霧の中でも花のように輝いた。


 騎士も、領民も、思わずその姿に見入る。


「まだ……希望はここにあります!」


 クリスティアは静かに目を閉じ、両手を広げる。

 花弁のように白い指先が、光を掬い取る。


「――運命華彩魔法、貴方に舞え……!」


 瞬間、広場を金色の光が満たした。

 風が巻き起こり、光の粒子と花の幻影が舞う。

 金糸のような魔力の糸が、悠真たちを包み込む。


 その光は温かく、そして確かに“運命”を動かした。


「な、なんだ……身体が、軽い……?」

「視界が――広がる!?」


 兵士たちの動きが蘇り、矢は風に乗るように敵を射抜く。

 リサの矢が曲がり、詠唱中の信徒の喉を貫いた。

 セレナの魔法が、負傷者を包み込み、即座に癒す。


ミリア「……これは、魔法? 空気が変わった……!」


悠真「クリスティア……お前……!」


「運命は、貴方の勇気に応えるものですわ――悠真様!」


 その声は、霧を切り裂く光のようだった。

 希望が、確かに形を持って広場に満ちていく。



「行くぞ……ここで止めねぇと、誰も守れねぇ!」

 悠真が叫び、槍を構える。

 光が彼の足元を導き、風が味方する。


 黒衣の信徒たちが詠唱を始める。

 しかし、運命の糸が絡み合い――その呪符は一瞬遅れた。


「――今だっ!!」


 一閃。

 悠真の剣が、光の花弁を散らしながら突き抜ける。

 信徒の呪符が砕け、黒炎が爆ぜる。


 霧が割れ、黒衣の集団が動揺した。

 兵士たちが雄叫びを上げる。


リサ「やった……!」


クリスティア「運命は――英雄を選びましたわ」



 悠真の周囲で、金色の花弁が舞う。

 その姿は、まるで伝説の英雄のようだった。


「立て! まだ戦える!」

「英雄がいる限り、街は沈まねぇ!」


 民衆が声を上げ、祈りの声が歓声に変わっていく。

 恐怖が、希望へと塗り替えられた瞬間だった。



 信徒たちは後退し、影従者も霧に溶けて消えていく。

 広場には焦げた石と、光の花弁が散っていた。


 静けさの中、誰かがつぶやく。

「……助かったのか……?」


 ミリアが額の汗を拭いながら、空を見上げた。

「まだ……何かいる。霧の奥、あの気配……」


 悠真も、槍を下げずに周囲を見渡す。

「わかってる。あの重い気、さっきの奴らとは違う」


 風が止まり、鐘の音が遠くで鳴った。

 霧が揺らめく。


 クリスティアが杖を下ろし、穏やかに微笑む。


「貴方の勇気に、運命が微笑みましたわね……でも――試練はこれからです」


 悠真は息を整えながら笑った。

「……上等だ。来るなら、まとめて相手してやる」


 その瞬間、霧の奥から再び詠唱が響いた。


「――暗黒魔獣、降臨せり」



 霧が震え、空が光を失う。

 黒い気配が、街全体を包み込んでいった。

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