第25話 暗黒魔獣アドナイル
朝霧が街を覆っていた。
鐘の音がどこか遠くで歪み、濡れた石畳が鈍く光る。
「くそっ……矢が効かない!」
兵士の叫びとともに、黒い影が爆ぜた。
影は液体のように地面に広がり、次の瞬間――犬の形を取って跳びかかる。
「やめろ、あぁ! 私の屋台が――!」
香辛料の袋が爆ぜ、赤と黄の粉が霧の中に舞う。
焦げた匂い、血の匂い、叫び声。
朝の街は、すでに“戦場”だった。
悠真「リサ、前だ! 影が動いてる!」
「矢が通らない!? 溶けて再生してる!?」
リサの放った矢が、影犬の胴を貫く。だが、黒い霧がそれを包み、形を戻した。
「なにこれ……まるで霧そのものが敵って感じね」
ミリアの声が震える。
悠真は短く息を吐いた。
「つまり、物理効かねぇってことか。最悪だな」
セレナが街路を走り抜け、淡い光を指先に宿す。
「悠真、あれは“影従者”。召喚式の幻体よ。実体を狙うしかない」
「実体? どこだそれ!」
「――召喚者を探して。制御者を断てば、全部消える」
霧の奥、黒衣の信徒たちが呪符を掲げていた。
彼らの口元が不気味に歪み、低い詠唱が重なる。
「闇に宿りし影よ――従え、命を呑み込め――」
瓦礫が崩れ、街灯が倒れる。
リサが振り向くと、領民たちが怯えて瓦礫の陰に隠れていた。
母親に抱きつく子ども。血を流しながらも祈る老人。
「……生きた闇、って言葉がぴったりね」
セレナが静かに呟いた。
冷たい風が吹き、霧がざわめいた。
街の鼓動が――不吉に早まっていく。
信徒たちの呪詛が一斉に響く。
黒い紋章が石畳に浮かび、地面が震えた。
「影、来るぞ――!」
「う、うわぁぁぁっ!」
犬型の影従者に続き、蛇型・鎌を持つ人影が現れる。
数は十、二十――それ以上。
冒険者の叫びが上がる。
「後衛が突破された!?」
「光よ、守りの輪を――《ルミナ・ドーム》!」
ミリアが両手をかざすと、淡い光のドームが広場を包み込んだ。
金色の粒が舞い上がり、一瞬だけ安堵が広がる。
だが、次の瞬間――
黒い爪が結界を叩きつけ、ヒビが走った。
「嘘……早すぎる!」
結界が砕け、黒い波が押し寄せる。
「退けっ、下がれぇっ!」
兵士たちは叫び、だが影の鎌が一閃。
倒れた兵士の兜が転がる。
クリスティアが祈るように両手を組んだ。
「運命華彩魔法――“花影の加護”!」
光の花弁が舞い、兵士たちの動きが軽くなる。
矢が軌道を変え、槍が正確に敵を貫く。
だが、それでも敵の波は止まらない。
「っく……これじゃキリがねぇ!」
悠真が叫び、刃を振るう。
霧を裂いても、影は再び形を成す。
セレナは冷たい瞳で全体を見渡していた。
「この召喚……間隔が不規則。どこかに制御の核がある」
「核? それを壊せば止まるのか!?」
「理論上はね。でも今は――守らなきゃ、街が消える」
悠真が歯を食いしばった。
「だったら守り抜く! ――死んでも!」
「死なないで。分析が間に合わないもの」
セレナの声には、奇妙な冷静さとわずかな笑みがあった。
瓦礫の陰では、老婦人が震えながら祈っていた。
「……どうか、あの子たちに光を……」
その願いが、微かに霧を揺らした。
焦燥。炎。悲鳴。
その中で、セレナは短剣を地面に突き立てた。
「……《タクティカル・オーダー》発動」
魔法陣が淡く光を放ち、霧の中に幾何学の紋が浮かぶ。
「陣形は三角! 悠真、前衛で敵を引きつけて!
リサ、右側面から狙撃! ミリアは後方で光魔法を維持!」
「了解、参謀さん!」
悠真が笑い、槍を構えた。
「全員、彼女の声を信じろ! まだ終わっちゃいねぇ!」
兵士たちが呼応し、再び武器を構える。
セレナは淡々と回復を続ける。
「《ヒール・タッチ》、止血完了。……まだ動けるわ」
「っは……助かった……!」
「死ぬのはまだ早いわよ」
彼女の声が、混乱の中で一本の線になる。
瓦礫の上に立ったセレナの姿は、まるで聖女のようだった。
リサの矢が影の心臓を貫き、
ミリアの光弾が霧を裂く。
クリスティアの花弁が舞い、兵士たちの視界を晴らす。
悠真が叫ぶ。
「全員、押し返せっ!」
槍がうなり、黒犬の首を貫いた。
霧が爆ぜ、街に風が吹く。
「……やるじゃない」
セレナが小さく笑う。
「お前の指示があったからな」
「ふふ。なら次も、私の言葉を信じて」
――希望が、形を持ち始めた。
領民の誰かが叫んだ。
「あの子たちが、街を守ってる!」
恐怖の街に、わずかな祈りが戻る。
セレナの眼差しが、その光を見つめていた。
戦場が、一瞬――静止した。
霧が渦を巻き、地面の黒紋が眩く輝く。
信徒たちの詠唱が重なり、低く響く。
「闇の王の牙よ……顕現せよ――《アドナイル》!」
地が裂けた。
黒い光が柱となり、天を貫く。
街全体が揺れ、瓦礫が浮かぶ。
霧の中から、巨大な獣の影が姿を現した。
四足の胴。背からは六本の影の腕。
全身を覆う黒炎、赤い双眸――
「――暗黒魔獣、アドナイル。」
「な、なに……あれ……!?」
ミリアの声が震える。
「闇の根源が……形を取っているのですわ」
クリスティアの表情が蒼白になる。
「でかすぎる……! 矢なんか通る気がしない!」
リサが弓を構えながら後退する。
アドナイルが咆哮した。
その声だけで、空気が弾け、石畳が砕けた。
「全員散開っ!」
悠真が叫ぶ。
セレナが両手を構え、解析の光を放つ。
「《エネミー・スキャン》……魔力流動、一方向!
心核は胸部中央。だけど外殻が硬いわ!」
「なら、足を止める!」
悠真が突撃し、リサが狙撃を放つ。
ミリアが光を纏う。
「《セレスティア・レイ》――貫け!」
光線が放たれ、アドナイルの肩を焼く。
黒炎が逆流し、広場の建物を飲み込む。
瓦礫が舞い、叫び声が消える。
セレナが結界を展開。
「《ディフェンス・バリア》! 悠真、下がって!」
「くっ……!」
炎が結界を焼き、セレナの額に汗が滲む。
クリスティアの花光が彼女を包む。
「運命はまだ終わらせません……!」
「……ありがとう」
黒炎の中、悠真が再び立ち上がる。
「まだ……倒れてねぇ!」
リサが援護を放ち、ミリアが再詠唱。
セレナは冷静に指示を飛ばす。
「攻撃を散らす! 三方向から同時に! カウント3――!」
「了解!」
「うんっ!」
「3――2――1!」
光、矢、剣閃。
三方向から放たれた一斉攻撃がアドナイルの胸を撃つ。
黒炎が裂け、悲鳴のような咆哮が響く。
だが――まだ倒れない。
巨体が再び動き、影の腕が地を叩く。
街の塔が崩れ、瓦礫が飛び散った。
戦場は、まるで地獄の口。
戦闘は膠着していた。
兵士も冒険者も倒れ、瓦礫の上で息を整える。
悠真は肩で息をしながら呟く。
「……まだ立ってやがるのかよ……」
「最悪の想定通りね」
セレナが冷静に答える。
リサは額の血を拭いながら笑う。
「マシって言える状況じゃないですね~」
「運命は、まだ終わっていませんわ」
クリスティアが小さく祈るように呟く。
アドナイルの影が、再び動いた。
霧の中で、その巨体がゆっくりと身を起こす。
闇が呼吸し、空の光を呑み込む。
「来る……!」
「全員、備えろ――!」
四人が構えを取る。
その姿を、瓦礫の陰で領民たちが見ていた。
恐怖よりも、誇りがあった。
この街を、命を懸けて守る者たち。
「……頼む、みんな……生きて」
老婦人の声が、かすかに風に溶けた。
そして――アドナイルが咆哮する。
あとがき
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