第6話 村長の秘密と“英雄”の正体

 朝焼けが屋敷の屋根を赤く染めていた。

 昨日――あの地下での“封印事件”があってから、一睡もできなかった。


 ミリアの屋敷の庭園は、静かに朝露を抱いている。だが俺の胃は、まだ全力で悲鳴を上げていた。

 昨日のアレ――影とか声とか、全部夢だったってことにしてくれないかな?


「……で?」

 背後からリサの声。嫌な予感しかしない。

 振り向けば、栗色のポニテが朝日にきらりと光っていた。


「夜中に屋敷の地下で、ミリア様と二人きり? ――説明、してもらおうかしら」

「い、いや、それはだな……肝試し?」

「嘘下手すぎるっ!」

 セレナの冷たいツッコミが飛ぶ。彼女は腕を組み、完全に“取り調べモード”だ。


「おかしいでしょ。深夜に地下室の扉が開いてたって噂になってるのよ?」

「……え、もうバレてんの!?」

「当然でしょ。屋敷全体が一時的に揺れたんだから」

「そ、そうだったの!?」

 俺、全然気づかなかった……! 恐怖で思考がバグってたんだ。


 リサがじとっと俺を見つめる。

「で? 本当に“何もしてない”のね?」

「何もしてねぇよ! むしろ俺が一番被害者だっての!」


 俺が両手を振って必死に否定していると――庭の奥から、ミリアが現れた。

 白いドレスの裾が朝風に揺れている。けど、その表情はどこか硬い。


「……みんな、おはよう」

「おはようございます、ミリア様!」

 リサとセレナが頭を下げる中、俺だけが妙な沈黙に包まれた。


 昨夜の光景が、どうしても頭から離れない。

 あの封印の魔法陣。黒い影。声。

 そして、ミリアの震える手。


「ミリア、その……昨日のこと、気にしてるのか?」

「……少し、ね」

 ミリアは庭の花に目を落とした。

「お父様が言ってたの。“あの地下室には、村の守り神が眠っている”って。

 でも、どうして“封印”なんて言葉を使うのか――ずっと疑問だったの」


 リサが眉をひそめた。

「守り神を封印って……普通逆じゃない?」

「うん。だから、確かめる」

 ミリアの瞳が、まっすぐだった。

「お父様に聞くの。……もう、逃げたくないから」



 屋敷の書斎。重厚な扉の向こうに、ミリアの父――ヴァレン村長がいた。

 机の上には古い書物と羽ペン。いつも穏やかな笑みを浮かべる男だが、今日は違う。

 彼の表情には、明確な“覚悟”があった。


「……ミリア。昨夜、なぜ地下へ行った」

「……ごめんなさい。でも、確かめたかったの。あの封印、何なの?」


 沈黙。

 長い長い沈黙のあと、ヴァレンは低く息を吐いた。


「――あれは、“英雄”の残骸だ」


「っ!?」

 ミリアが目を見開く。

 俺も思わず声を漏らした。

「残骸って……まさか、物理的な……?」


 ヴァレンは静かに首を振った。

「魂だ。かつてこの村を救った“光の英雄”レオン・ガルド。その魂の一部が、あの封印に縛られている」


 ミリアの手が震える。

「どうして……そんなことを……!」

「百年前、魔族との戦争が終わったあと、世界は不安定だった。

 レオンは自らの命を使い、“魔力の安定装置”となった。……この村の繁栄は、彼の犠牲の上に成り立っている」


「つまり……封印って、エネルギー保存装置みたいなもん?」

 俺の素朴なツッコミに、ヴァレンがわずかに眉をひそめた。

「……軽い言い方をするな。しかし、概ね間違ってはいない」


「まじで!? じゃあ英雄って……村のバッテリー扱い!?」

「悠真くん!」

 ミリアがたしなめる。

 けど、俺の口は止まらなかった。

「いやいや、それ倫理的にアウトでしょ!? 英雄本人が了承してたとしても!」


 ヴァレンの目が鋭くなる。

「我らは“罪”を背負っている。だからこそ、あれを守り続けねばならない」


 その言葉の重みが、部屋に沈んだ。

 ミリアは唇をかみしめ、目を伏せた。



 その日の午後。

 俺とミリアは屋敷の古い書庫にこもっていた。

 棚の上には、百年前の記録や古文書。ほこりの匂いが鼻をつく。


「……これが、“レオン・ガルド”の伝記?」

 ミリアが一冊の厚い本を取り出す。表紙には“光の英雄の功績”と金文字が刻まれていた。


 ページをめくるたび、勇敢な戦いと美談ばかり。

 でも、違和感があった。

「ミリア、ここ――おかしくないか?」

「え?」

「この部分。“封印の儀”の参加者名が削られてる。書き換え跡がある」


 彼女の瞳が揺れた。

「……お父様が、隠してる?」

「たぶん。これ、記録操作の匂いがするな」


 さらに奥の棚で、古びた布切れを見つけた。赤黒い紋章。

 どこかで見た――そうだ、地下の封印の光の模様だ。


「これ……“レオンの紋章”じゃない。違う……」

 ミリアが震える声で呟いた。

「“犠牲者の印”……だわ」


「ってことは……英雄、封印されてる側!?」

「……そうかもしれない」


 静寂が、書庫を満たした。

 その瞬間、背筋にぞくりとした寒気が走る。

 まるで――誰かに見られているような。




 夜。

 再び、あの地下へと足を踏み入れることになった。


「……ミリア、本当に行くのか?」

「確かめたいの。あの人が“誰か”を」


 暗い階段を下りる。足音が石に響く。

 封印室の扉は、開いていた。


「……誰もいない、はずだよな?」

「はず、だけど……」


 その瞬間、空気が凍った。

 青白い光が魔法陣の中心で脈打ち、低い声が響いた。


『――誰が……俺を閉じ込めた……』


「ひっ!?」

 ミリアが後ずさる。

 俺は反射的に彼女の前に立った。

「ま、待て! 俺ら関係ない! ただの通りすがり!」


 光の中に、鎧をまとった影が現れる。

 かつて“英雄”と呼ばれた男の残滓。

 その瞳――いや、光の穴が俺たちを見下ろしていた。


『封印者の血……まだ、生きていたか』

「封印者……? お前、まさか――!」


 ミリアが口を覆う。

「お父様の家系が……あなたを……?」

『我を祀り、同時に縛り続けた。……それが、ヴァレンの血族だ』


「う、嘘……!」

 ミリアの瞳が揺れる。

 俺は彼女の肩を掴んだ。

「ミリア、下がれ! こいつ、ヤバい!」


 だが足元の魔法陣が光り出す。

「うわ、なんかピカピカしてる!? やばいやばい! 俺何か踏んだ!?」

「動かないで! その位置が……発動陣の中心よ!」

「いや無理! 怖いもん!」


 バチィッ!

 光が弾け、空気が爆ぜる。

 封印が一瞬だけ緩んだ。



 光の中から、声が届いた。

『ミリア・ヴァレン……お前の家系が、俺を封じた』


「そんな……先祖様が……!」

『だが、恨んではいない。俺が望んだ結末だった。だが――時が来た。封印は長く持たぬ』


 ミリアは拳を握り、涙をこらえた。

「……先祖様の罪、私が引き継ぐつもりはない。

 でも――見なかったふりもしない!」


 彼女の言葉に、光がわずかに和らぐ。

『ならば……選べ。真実を受け入れ、継ぐか。それとも、封印を断ち切るか』


 魔法陣が崩れ、風が吹き荒れる。

 俺はミリアを抱き寄せ、叫んだ。

「ミリア、離れるな!」

「うんっ!」


 しばらくして光が収まり、封印は静けさを取り戻した。


 彼女の手の中には、淡い光を宿した欠片――封印の“核”が残されていた。




 夜明け前の庭園。

 空が薄青く染まり、鳥が鳴き始める。


 ミリアは疲れた顔で俺の肩に寄りかかった。

「……ありがとう、悠真。あなたがいたから、見つけられた」

「いや、俺何もしてないけど!? むしろ足引っ張った気しかしない!」

「ふふ、そういうとこ、好きよ」

「待て、今なんて!?」

「な、なんでもないっ!」


 そんなやりとりの最中――屋敷の門から足音が。


「……で、今度は“地下デート”ってわけ?」

 セレナの冷たい声。

「ち、違う! 今度こそ違うから!」

「ふーん? 夜明けの帰還、肩寄せ合って……ふぅん?」

「お前ら絶対わざと誤解してるだろ!?」


 リサがくすっと笑いながら呟いた。

「誤解じゃなくて、“恒例行事”になってる気がするわね」

「それが一番つらいんだよ!」


 笑い声が朝の空に広がる。

 だが、屋敷の地下――

 封印の扉が、かすかに震えていた。


『……まだ……終わっていない……』


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