第4話 SMクラブ

 と言うわけでわたしはSMクラブ『ギンガムチェック』に来ていた。

 姉の蓮美はすみはここのナンバーワン女王様だ。


「S嬢の仕事は、お客様を傷付けることじゃあないわ」


 ロッカールームで、露出度の高いエナメルの衣装に着替えながら言った。


「衣装も鞭もロウソクも雰囲気作りのための道具」


 ピシッ。鞭を引っ張るとそれだけで痛そうな音がした。


「Mと言っても十把一絡じっぱひとからげにはできない。感度がそれぞれ異なるから。でもプレイ中に聞くなんて野暮なことはできないわ。お客様の、目隠しで隠された表情に目を向け、猿轡さるぐつわで封じられた声に耳を傾け、すべてを察するの」


 語らぬ相手の心理を読み解く。もはやそれはカウンセラーの領分だ。それだけ尽くして初めて女王様になれるのだ。この感覚があったから、あの二人の関係性に対してズレを感じたのだ。


「行くわ。聡美さとみちゃんは覗き穴から見てね」

「ありがとう。でも、よくOK出たね」

「妹がインターンシップに来ただけじゃない。それにお客様に伝えたら喜んでいたそうよ」


 調教済みと言うわけである。

 姉と一緒に部屋を出て隣の控室に移った。

 覗き穴の前に立つ。実際見るのは初めてだ。好奇心と恐怖心が入り混じる。でも立ち止まるわけにはいかない。しっかりインプットできなければ。これも学級委員長の務め。お姉ちゃん、よろしくお願いします!




















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⠀ ⠀ //// ||||⠀⠀⠀| 見せられないよ!! |

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 わたしは椅子に座って天井を見上げていた。

 お姉ちゃん、カッコ良かった。

 お客さんは50代男性。目隠しをされギャグボールを噛まされすっぽんぽんで拘束されて鞭を打たれながら、凄く幸せそうだった。だからキモいともかわいそうとも思わなかった。寧ろ、安心した。彼はきっと一般的なサラリーマンで周りに性癖を理解してくれる人はいない。ストレスが掛かる日々を送っているはず。ここは、彼の心が解かれる唯一の理想郷なのだ。

 一方で、折乃おりのくんはかわいそうだしキモい。でもそれは彼のせいじゃない。あの歪曲さえ矯正できればお客さんと同じように解き放たれるはずだ。







 赤いフォックスタイプの眼鏡をかけ、ラウンドタイプの眼鏡をケースにしまった。雰囲気作りは重要だ。色も形もこちらの方がS系女教師っぽくていい。

 日直の仕事を引き受け、折乃おりのくんに手伝いを頼んだ。


「ペアの人、用事があったんだね。でもなんで僕?」

「日直、好きなんでしょ?」

「え、それはその」


 彼は気弱な性格だ。「絢流あやるさんはいいけど禾女井のぎめいさんはダメ!」と言えるわけがない。


「わたしにお願いされるのは嫌なんだ。なら帰っていいよ」


 冷たく言い放った。彼の罪悪感に爪を立てて撫でる。最初はこれくらいでいい。


「え!? いや、手伝うよ!」

「そう? ありがとう」


 笑顔を向けた。飴と鞭を使い分け、心を搦め捕るのだ。

 それから二人で仕事をして一緒に帰った。

 SMでは事故防止のため、信頼関係が必要だ。相手の所作や発言からMの深度を探っていかなければならない。

 時々呼び出しては彼をなじって反応を確かめた。言葉攻めだけでなく、体も攻めても良い段階に入っていると思う。なぜなら、わたしに呼ばれたときに随分と嬉しそうにしているから。

 試しに「二人のときは聡美さとみ様って呼んで」とメッセージを送ると「わかりました。聡美さとみ様」と2秒で返ってきた。




 折乃おりのくんが日直の日が来た。陽凪ひなぎさんはいつも通り帰っている。


「この前はわたしの厚意を無碍むげにしてくれたわよね」


 わざとイラついた口調で、されど静かに耳元で囁いた。


「だから手伝わないわ。その代わり、見ていてあげる」


 ——パンッ!

 丸めた教科書を机に打ち付けると、クラッカーを鳴らしたような乾いた音が響いた。


「上手にできなかったらお仕置きするから、しっかりやってね?」

「はいぃ……!」


 上擦る声がかわいい。わたしの攻めに期待して欲しがっている彼が、まるでしっぽを振る犬の様。

 彼は緊張しているせいなのか、欲しがっているからなのか、黒板消しや日誌を落とすなど軽微なミスを頻発した。その度お尻を叩かれて、口はだらしなく開いていった。

 仕事を終え、もうあとは帰るだけと言うところで、折乃おりのくんはおもむろに口を開いた。


「あの……上手くできたよね?」


 ああ……! なんてこと! 自分からもっと欲しいって言ってくるなんて。


「あれだけミスをしておいて正気? おバカさんが同じ過ちを犯さないように躾てあげる」


 すると折乃おりのくんは机に手を突いて自らお尻を突き出した。ヒリヒリしているお尻をもっといじめて欲しいのか。でもそれは既存のマーケット。わたしはそれのさらに上を行く。未発見エリアにマーケットを開くのだ。ニーズに応えるのではなくニーズを提供する。それが女王様。


「逆よ」

「え?」

「お尻なんかじゃ許せないって言ってるの」


 彼の鼻息が荒くなる。これは結構キツめに行っても大丈夫そうだ。

 すっかり女王様になったわたしは、丸めた教科書を折乃おりのくんの股間に押し付けてぐりぐりと捩じった。


「あぅっ」


 彼の反応を見て理解した。真正ドMに覚醒していると。わたしの、わたしだけの墾田永年私財法こんでんえいねんしざいほうが手に入ったのだ。ありがとう。お姉ちゃん——って、どうしてこうなった……?

 でもまあいい。いじめ・いじめられるという歪んだ関係から、正しいSM関係になったのだ。

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