第2話 いじめだろうか?

「じゃ、みんなとカラオケ行くからさぁ、あとはよろしくね」


 小麦色に焼けた手をひらひらと振りながら、陽凪ひなぎさんは笑った。対して折乃おりのくんは困惑している様子だ。


「え、日直の仕事、全部僕がやるの?」

「だからそう言ってんじゃん。何回も言わすなよなー」

「ご、ごめん」


 不機嫌そうな陽凪ひなぎさんに謝罪の言葉が出る折乃おりのくん。すると彼女は表情を明るくして彼の頭に手を置いた。


「わかったらいいんよ」


 高身長の陽凪ひなぎさんが低身長の折乃おりのくんにすると、まるで姉ショタのワンシーンのようで尊い。が——

 クシャっと折乃おりのくんの髪を掴む。彼は顔をしかめた。


「チクったら……わかってるよな」


 陽凪ひなぎさんの赤いツリ目は温度を無くして折乃おりのくんを刺していた。彼は怯えを隠しきれてない笑顔で彼女を見る。


「言わないよ。安心して陽凪ひなぎさん」

「ならオケ。ってーか陽凪ひなぎはやめろし。ウチと巧兎たくとの仲やん?」

「あ、うん。絢流あやるさん」

「信じてるぜ、巧兎たくと! じゃ」


 金色のツインテールを振り、お尻が見えそうなほど短いプリーツスカートをなびかせ、細く長い脚で優雅に歩く姿は、足元が学校用のスリッパであるにもかかわらずランウェイを歩くモデルのようだった。

 彼はしばらく放心したように彼女が居た場所を見つめ、それから日直の仕事を始めた。


 見てしまった。あれは、いじめだろうか?

 忘れ物を取りに教室に戻ってきて、窓際の自分の机まで歩いていく中、聞こえてくる話し声の内容がどうにも不穏で思わず最後まで聞いてしまった。まさか恫喝と暴行の現場を見ることになるなんて思わないで。

 折乃おりのくんは気弱で内気で友達が少ない(もしかしたらいない?)いわゆる陰キャオタクにカテゴライズされる。

 対して陽凪ひなぎさんはごりっごりのギャル。それもオタクに厳しいギャルだ。

 二人は対極にいる存在。だから馬が合わないのは仕方ない。けれども相手が反論しないのをいいことにワガママを通すのはいただけない。

 わたしはラウンドタイプの眼鏡の丁番ちょうばんを持ち上げて直し、寂しげな彼の背中に向かって声をかける。


「手伝おっか?」


 驚いた様子で振り向く。


「もしかして見てた?」

「あ、うん。隠れる気はなかったんだけど、たまたま」

「……言わないでね」


 そうか。わたしが告げ口をしたらきっと折乃おりのくんのせいにされて、いじめはエスカレートしてしまう。

 わたしが頷くと、彼は心底安堵したように深々と息を吐いた。


「で、手伝おうか? 一人じゃ大変でしょ」

「大丈夫」

「少しくらい」

「大丈夫だってば!」


 彼の荒い声にわたしは息を吞んだ。こんな声も出せるんだ。


「あ、ごごご、ごめん……!」


 彼は慌てて取り繕うようにぺこぺこと頭を下げた。


「いいよ。出しゃばってごめんね。あの……頑張ってね」


 わたしの言葉に、彼は取り繕ったような笑顔で頷いた。

 あれほど彼が拒んだのは、きっとわたしのためだ。手伝っているところを万が一にも陽凪ひなぎさんかその関係者に見られた場合、わたしにも被害が及ぶことは想像に難くない。

 一旦は退くしかない。しかし恒久的にこの問題を放っておくことはできない。学級委員長として、このクラスの風紀はわたしが守らなければ。

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