エピローグ

エピローグ 第一話

わたしは、美沙子と桜という二つの怖さから彩花を取られないように、必死で頑張った。昼休みも放課後も、彩花の隣を死守し、会話に入り込み、自分が「彩花にとって一番大切な友達」であるとアピールし続ける。


わたしは、どうしても普通になりたい。母はもう諦めたのか、勉強したのか、もう体裁を気にしなくなっていた。

わたしにも母は「普通じゃなくてもいいんじゃない?」と言うけれど、わたしだけが普通にしがみついている。

しかし、その努力は、あまりにも唐突な形で、終わりを告げた。



五月十五日。


その日、わたしが彩花と一緒に登校するため、いつもの待ち合わせ場所に行ったが、彩花は来なかった。

「どうしたんだろう?」

わたしは、少し不安に思いながらも、一人で登校した。しかし、教室に行っても、彩花の席は空席のままだった。先生に尋ねると、彩花は「体調不良で休んでいる」ということだった。

わたしは、冷や汗を書きながら、下校時間まで一人でいた。

先生は、わたしが一年生の時より学校が平気になったと思っている。

───でも、わたしは全然平気じゃない。

ただ、途中で早退するのが負けたようで、負けを認めたくないから帰れない。


わたしは、明日からは普通に彩花が来ると、無理やり思い込もうとした。

けれどその日から、彩花は、パッタリと学校に来なくなる。

わたしは、絶望した。わたしが「普通に戻る」ための、唯一の光でも、強制力でもあった彩花が、消えてしまったのだ。

わたしが、彩花に連れられるようにして毎日登校していた生活は、終わりを告げた。彩花という「普通」の鎖が断たれた瞬間、わたしは、誰にも学校に連れて行って貰えない。


母に頼めば連れて行ってくれると思う。

しかし、母はもう普通じゃなくていい、と言っているから、彩花のように強制力にはならない。

わたしは、自分一人で言ったり、母に「学校連れて行って」と言ったりできるほど強くなれなう。



わたしは、彩花に引きずられるようにして、学校に行けなくなった。

母は、わたしを責めなかった。特例校に来てまで、わたしが無理をしていたことを理解していたのだろう。わたしは、再び、いえに引きこもる不登校の日々に戻った。

数週間が経ち、六月になった頃。

彩花は、完全に学校に来なくなったわけではないのだと知る。彼女は、行事の時だけ、学校に現れるようになったのだ。

体育祭、合唱コンクール、遠足といった、「みんなが参加する、特別な日」にだけ、彩花は、まるで「普通の子」の証明をするかのように、学校に来て、参加した。

その知らせを母から聞くたび、わたしは、心臓が凍り付くのを感じた。

彩花が、学校に来る。そして、わたしは、彩花が、美沙子や桜、あるいは、他の誰かと、わたし抜きで、楽しそうに過ごしている姿を想像した。彩花は、わたしがいなくても、「普通の子」として、学校生活を楽しんでいるのだ。

わたしは、それだけでも学校に行くのが辛い。

「わたしがいない間に、彩花が、美沙子や桜と完全に仲良くなってしまうんじゃないか」


そう思うと、取られるのが怖くて、行事の日、わたしは学校に行くしかなかった。行事の日は、もちろん母子登校ではなく、教室へ行かなければならない。

体育祭の日。わたしは、ポケットの中でキーホルダーを握りしめ、彩花の姿を探した。彩花は、わたしを見つけると、少し申し訳なさそうな顔をしながらも、「久しぶり、亜矢ちゃん!」と笑顔で声をかけてくれた。

わたしは、その日一日、彩花という「光」を独占しようと、他の生徒の輪に入るのを必死に妨害し、疲れ果てた。行事に参加する喜びも、楽しさも、わたしには一切ない。

わたしは、全然成長できない。




七月になり、一通りの行事が終わった後、彩花はパッタリと来なくなった。


そして、夏休み前の、終業式の日。

母は、彩花が来るかどうか、電話で学校に確認した。しかし、学校からの返答は、「彩花ちゃんは、今日は欠席です」というものだった。

その瞬間、わたしの中で、何かが完全に砕ける。

「彩花は、もう、行事にも来なくなった」

それは、わたしが、「普通に戻る」という望みを託していた、唯一の強制力が、完全に消えたことを意味している。


彩花がいないと、わたしは学校に行けない。

それでも、彩花を誘う気に離れなかった。


特例校の系列中学に進学し、「普通に戻る」ために必死で足掻いたわたしは、最終的に、「完全な不登校」という、最も恐れていた終着点に立たされたのだ。

母は、わたしを心配し、優しく声をかけてくれる。

「もう、頑張らなくていいのよ、亜矢ちゃん」

それでもわたしは、普通になりたい。

わたしの中の、その強い願望だけは、消えなかった。

わたしは、みんなと同じように笑い、みんなと同じように学び、みんなと同じように友達が欲しかった。


それでも、行動に移せない。

わたしは、キーホルダーを握りしめたまま、布団の中で泣いた。

「普通になりたい」という強い願いと、「普通になろうとして、何度も裏切られ、傷ついた」という恐怖。その二つが、わたしの中で激しくぶつかり合い、わたしを動けなくさせている。

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