第一章 第五話

「開けて!開けてよ!お願い、誰かいるんでしょ?開けてえええ!」

わたしは、喉が潰れるのも構わずに叫び続けた。図書室の重いドアを、拳で、足で、身体全体で叩きつける。

しかし、図書室のドアは、わたしがいくら叩いても、びくともしなかった。

全身が痛い。

もしかしたら、一生、死ぬまでここに閉じ込められるのではないか。そんな考えすら湧いてくる。


外は、もうすっかり暗くなっていた。窓から見える空は、墨を流したように真っ黒で、そこに街灯の光が、どこか遠い世界のように、ぼんやりと滲んでいるだけだった。

恐怖が、骨の髄まで染み込んでくる。

わたしは、図書室の真ん中に立ち尽くし、周りを見回した。何千冊もの本が並ぶ棚が、暗闇の中に、巨大な影となって立ちはだかっている。本たちは、わたしがどれほど叫んでも、助けを求めても、ただ黙って見下ろしているだけだ。

「ママ……パパ……」

小さな声で、両親のことを呼んでみた。けれど、その声は、広すぎる図書室の空間に、一瞬で吸い込まれて消えてしまった。

優子たちは、もうとっくに家に帰っているのだろう。わたしが閉じ込められていることなんて、気にも留めずに、きっと家族団欒の時間を過ごしているに違いない。想像すると、胸の奥が、嫉妬と絶望で、ぎゅうっと締め付けられた。

怖い。怖い。助けて。

本の物陰から、幽霊が覗いているような感じもして、視線を感じる気がして怖い。

優子たちの笑い声が耳に残っている。

信じたくない。目を閉じて、開けたら元に戻るのではないか。

そんなことを何度も考えて瞬きを繰り返す。

どれくらいの時間が経っただろうか。わたしは、叫び疲れ、床に座り込んでいた。時計の針が、刻々と時間を刻む音だけが、やけに大きく響いている。

母に、どれほど心配をかけているだろうか。いや、きっと「また、ろくでもないことをやっている」と怒っているに違いない。父は、きっとわたしを心配してくれるけれど、母のヒステリーに押されて、何もできない。

その時、校舎全体に響き渡るような、不気味な音が聞こえた。

チャイムの音だ。

それは、九時を知らせる、夜間の定時チャイムだった。先生に昔聞いたことがある。その時絡み合わせられた七不思議を思い出して怖くなる。

「夜の……九時……」

わたしは、震える声で呟いた。わたしが閉じ込められてから、もう三時間以上が経っている。両親は、わたしがいないことに気づいて、学校に連絡しているだろうか。

カツン、カツン。

図書室の外、誰もいないはずの廊下から、足音が聞こえてきた。硬い靴底が、コンクリートの床を叩く、一定のリズム。その音は、まるで怪物が近づいてくる音のように、わたしには聞こえた。

わたしは、身を硬くした。優子たちが、戻ってきたのだろうか。

それとも、警備員が、見回りに来たのだろうか。

足音は、図書室のドアの前で止まった。そして、ガチャガチャと、鍵を回す音がする。

「誰か……!誰かいるんですか!開けてください!」

わたしは、最後の力を振り絞って叫んだ。

カチャリ。

鍵が開いた。そして、重いドアが、ギギギ、と軋む音を立てて、ゆっくりと開く。

ドアの向こうに立っていたのは、見慣れた、黒いスーツ姿の女性の影だった。

「……教頭先生?」

薄暗い廊下の光を背に、厳しい表情の教頭先生が立っている。教頭先生は、わたしを見るなり、大きなため息をついた。

「北崎さん……あなた、一体何をしていたんですか!」

先生の顔を見た瞬間、張り詰めていた緊張の糸が切れ、わたしは涙を溢れさせた。

「先生!優子たちが!わたしを閉じ込めたんです!宿題を取りに来たら、鍵をかけられて……!」

わたしは、半狂乱になりながら、涙と鼻水を拭いもせずに訴え続けた。助けが来た。これで、もう大丈夫だ。そう信じて、わたしは先生に向かって駆け寄ろうとする。

しかし、教頭先生は、わたしが駆け寄ろうとしたその一歩手前で、まるで汚いものに触れるのを避けるように、一歩、後ずさりをした。

そして、さっきまでの「困惑」の色を消し去り、その顔を、怒りで歪ませた。

「ふざけるのも、いい加減にしなさい!こんな時間まで、学校に忍び込んで、何をしていたんですか!」

「え……?」

教頭先生の声は、昼間、母がいないところでわたしを責めた時よりも、さらに冷たく、鋭く、わたしの胸を突き刺した。

「あなたは、自分が何をしてるか、わかっているんですか?お母様が、あれだけ大騒ぎしたから『二度といじめなんてさせない』と約束したというのに、北崎さんはまた、こんな問題を起こして!」

教頭先生の怒りの矛先は、優子たちではなく、わたしに向かっていた。

「いいですか。あなたの話は、また『優子さんが筆箱を隠した』とか、『優子さんが閉じ込めた』とか、そればっかりでしょう!なんであなたは、いじめられる状況を、自ら作り出すんですか!」

「ち、違います!わたしは、宿題を取りに来ただけで……!」

わたしは、胸に抱いていた算数ドリルを差し出した。

「言い訳はいい!いい加減に、現実を見なさい!優子さんのお母様は、地域の役員もされている、常識のある方でしょ!そんな立派なご家庭のお嬢さんが、わざわざ夜になってから、あなたを閉じ込めるなんて、そんな非現実的な話が、信じられるとでも思っているんですか!」

「でも、本当に優子たちが……!」

「だまれ!」

教頭先生の怒鳴り声が、図書室の空間に響き渡った。わたしは、体が震えすぎて、もう立っていることもできそうにない。

「あなたは、自分が問題の中心だと、いつになったら気づくんですか!あなたが、常に周りを疑い、被害者意識を振りまくから、クラスの輪から浮いちゃうんでしょう!お母様のヒステリーも、あなたがそういう子だから、仕方がないんじゃない?!」

教頭先生は、母のヒステリーという、わたしが一番隠したかったことを、公の場で平然と口にした優子たちと同じように、わたしを罵倒する武器として使った。

「いいですか、北崎さん。今、あなたのせいで、どれだけの人が迷惑しているか!あなたのせいで、私も、担任の三谷先生も、あなたの家を心配して電話をかけまくっているんだよ!あなたは、みんなの時間を奪ったんですよ!」

「……」

「謝罪なんて、いらないよ!いいから、もう二度と、こんな馬鹿げたことはしないでください!あなたが原因を作らなければ、こんな問題は起こらないんですから!」

教頭先生は、まるで犯罪者を扱うように、わたしを一瞥すると、図書室の鍵を乱暴に閉め、わたしを廊下に突き出した。

「二度と、私に手間をかけさせないでください。いいですね」

その言葉は、優子の「もう終わりだね、亜矢ちゃん」という言葉よりも、はるかに重く、わたしの魂を粉砕した。わたしは、誰にも守られない。この世界で、わたしは永遠に「悪い子」なのだ。

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