4 天と地と
ラジオ体操の後僕とナタリーはハゲ山に行く約束をした。
家に帰ると宿題をしながらもナタリーとハゲ山に行く事を考えてしまう。
近道では行けないし日本語のおぼつかないナタリーと英語が皆無の僕が2人で何を話そうか?つまらなくして嫌われないだろうか?
そもそもナタリーはハゲ山に行って楽しいのか?
考えれば考える程に浮かれムードは不安に変わっていく。
昼前に宿題を終えると帆布のカバンにいつもの道具を入れナタリー用に普段は使わない軍手を準備した。
麦茶を水筒に移し冷蔵庫に入れると財布を持って家を出る。
自転車で駄菓子屋に向かう。
プレハブの店の中に入ると近所の小学生でにぎわっている、
小さなカゴに手持ちのお小遣いで帰る最良のラインナップでお菓子を入れていく。
グッピーラムネ、餅太郎、コーラ飴、きな粉棒、ソースカツ、サンランボ餅、フィリックスのフーセンガム今日はナタリーが一緒だから大奮発して100円も使ってしまった。
おばちゃんの所にカゴを持っていくと新聞紙を利用した袋に入れてくれる。
「ハイありがとう100円ね」
子供の頃の財布は小銭入れみたいなもので紙幣はおろか100円玉が入ることも無かった、お小遣いは母親の手伝いのお駄賃や財布を軽くしたい父親の財布からたまに貰える10円玉以下の効果を貯める。
ドラえもんの青いがま口はパンパンだが金額はさほどでもない、しかし小学生の僕には100円は大金だった。
10円玉や5円玉をかき集めてお金を払うと新聞紙袋の口をホッチキスで止めてもらいそれを自転車のカゴに投げ込んで家に帰る。
帰宅すると母親が「お帰り、アキラそうめん出来てるから食べといて」
またそうめん?とおもいつつ
「はーい」
そうめんは嫌いじゃない。具がたくさんあって何よりもハムが嬉しかった。
他にも錦糸玉子、胡瓜、大葉、かいわれ大根が我が家のそうめんの具としてはスタンダードだった。
たまにワカメやらカニカマ、シーチキンが代用される「なら冷し中華でよくない?」と思うこともなくななかったがそれでもそうめんは嫌いじゃなかった。
「ごちそうさま」
「行ってきます」
そうめんを食べ終わるとハゲ山に向かう。
途中でナタリーを見つけ後ろから声をかけた「ナタリー」
ナタリーは振り向き僕を見つけると笑顔で手をふって応えてくれる。
僕も大きく手をぶり返すとナタリーは早く来いと言わんばかりに大きく手招きをした。
駆け足でナタリーに追い付くと並んで歩いた。
紺色のサマーパーカーに首から双眼鏡を掛け、細身のベージュのスボン、大きめのリュックサック、ブロンドを後ろで1本に結んだ姿に改めて可愛いとおもう。
学校行事の行進や集団行動以外で女子と並んで歩くのはおそらく初めてでしかも外国人で可愛いのだ、緊張が伝わらないよう平静をよそおうい山道に入る。
何か会話をしなくちゃと思ったところでハッと思い出す。
「ナタリー、これ使って」
軍手を手渡すと
「タック、アキラ」
ナタリーは軍手を手にはめると黄色いぶつぶつの滑り止めを僕に見せてきてイタズラっぽく言う。
「セル ヤグ ブラ ウート?」
「何て言ったの?英語?イングリッシュ?」
「ニアウカナ?」
「あ~、似合うよ、でも軍手が似合ってもあんまり嬉しくないでしょ」
ナタリーは軍手が気に入ったらしく僕は少し誇らしかった。
僕が簡単に山頂へ登れる登山道から登ろうとするとナタリーが手前の近道を指を差し。
「コッチ」
獣道で怪我しないだろうか
「危ないよ」
「ダイジョウブ」
ナタリーは僕の心配などい意に介さず腰ほどの崖に手を掛けて登ろうとする。
「ちょっと待って」
僕は先に崖に登って丈夫な蔦を左に握りナタリーに右手を手を差し出した。
ナタリーが僕の右手を両手で握る、軍手越しに体温が伝わってくる。
「タック、アキラ」
獣道は夏は雑草が多く手頃な棒を拾く雑草やクモの巣を払いながら道をつくって土に埋まった岩の突起につまずかないよう歩くところを選び進み山頂に辿り着く瞬間一気に空が開け青い空と白い乾燥した山肌が視界に入るとそこが僕の聖域だ。
僕たちは木陰にレジャーシートを敷き荷物を下ろしならんで座た。
「疲れた?」
「ダイジョウブ」
「暑いね」
「ニホンスゴクアツイ」
ナタリーはリュックサックからうちわを出して自分と僕を交互に扇ぐ。
「涼しい~サンキュー」
「ドウイタシマシテ」
レンタカーの会社の広告用のうちわで可愛さを微塵も感じないうちわ、それと涼しそうに扇ぐナタリーのギャップが妙に可笑しかった。
「ねえ、タックてどういう意味なの」
「スウェーデンノコドバデ、アリガトウ」
「英語じゃないんだ」
2人でお菓子を食べながらいろんな事を話した。
学校の事、母国スウェーデンの事、好きな色、好きな食べ物、他愛ないし片言同士の会話なので途中で何度も聞き直したり言い直したりした。
それでもその度に変わるナタリーの表情が愛おしくて楽しかった。
そしてしったのだけどスウェーデンの公用語は英語ではなくスウェーデン語で、日本に来ることが決まってから英語と日本語を勉強していて実は英語力も日本語力同様に片言程度だったらしい。
ナタリーはクラスの女子達の人気もあってよく会話の中心に居るように見えていたけど会話としては理解できないことの方が多くて少し寂しい思いもあったのだと教えてくれた。
「ニホンゴムズカシイ」
「エイゴチョットカンタン」
「じゃあさ、僕も英語」
「エイゴ?」
「そう、勉強するから」
「ナタリーと一緒に」
「ヴェールクリーン?」
「え、何て言ったの?」
「ホントウデスカ?」
「うん本当に」
「英語のほうが簡単なら一緒に勉強しようよ」
「ソレハウレシイデスヨ」
言葉どおり嬉しそうにナタリーは笑ってくれた。
それから僕たちは地面に絵を書いたりアルファベト文字を書いたりして遊んだ。
真夏の太陽が西に沈み空の色が濃くなった頃2人の時間を止めるように町内放送のチャイムが鳴った。
僕たちは名残惜しくチャイムを恨めしく思いつつもナタリーに言う「そろそろ帰ろうか」
ナタリーは頷くだけだった。
少し気まずい雰囲気を消すようにナタリーは空を指差した。
「ヴィナス」
「あ、宵の明星」
「金星だね」
「キレイネ」
確かに西の空に昼の青い空から夜の深い紺色のグラデーションの中に光る1つ星はキレイだった。
いつも土ばかり見て掘っていたので夜空は意識して見たことはなかった。
「うんキレイだね」
もしかしたら初めて会ったときもナタリーは星をみに来ていたのだろうか。
「アキラ」
ナタリーは首から下げていた双眼鏡を僕に渡してくれた。
「欠けてる、何で?」
ナタリーは得意気に僕に笑っていた。
いつの間にか辺りが暗くなったので急いで登山道から帰った。
家の前までナタリーを送り、またねと別れた。
ナタリーを思い1人夜道を星を見ながら帰ると瞬く星の数も増えていた。
帰宅すると母親から帰りが遅いとこっぴどくしかられ楽しかった一日を怒られて締めくくった。
ジュブナイル 秘密の言語 秋乃月詠 @135013501350fF
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