牛宮に住む三姉妹
敷知遠江守
そして七夕へ
「ああ! またやられてる! もう! 一昨日種を蒔いて今日全て収穫できるはずだったのにぃ! あの牛の奴、荒らした上に食べちゃって! ほんと許せない!」
無残にも荒らされてしまった綿花畑を見て、一人の女神が地団太を踏んで悔しがった。
女神は三姉妹で、三女は父である天帝から畑の管理とその畑で採れた繊維を
だが、こうして隣の放牧地からちょくちょく牛が迷い込んで来て、彼女の育てている畑を荒らしてしまうのだった。
何とか無事だった綿花を侍女に収穫させ、自分の工房に持って行き、糸作りを始めた。
するとそこに、三姉妹の次女の侍女がやってきた。
「あの、何日も前から綿糸の在庫が切れているのですけど、一体、綿糸はいつ納品されるのでしょうか?」
その一言にカチンと来た三女。次女の工房に乗り込んで行ってしまった。無作法にもいきなり工房の扉を勢い良く開ける。
「ちょっと小姉聞いてよ。さっき畑に行ったらね、また牛に畑が荒らされてたの! もうこれで連続三回目なのよ! だからね、糸の催促なんてされても無理なの! 文句なら牛に言って!」
「いや、私だって姉さんから何度もせっつかれてるのよ。綿糸はまだかって。綿布って絹布と麻布に比べて需要が大きいんだからって」
目の前の三女は怒りで顔が真っ赤。それが適当な言い訳じゃないという事は察する。
だが、三女の糸に染色をして、機織りを生業とする長女に収めている次女。長女から催促を受けており完全に板挟み。
そんな話をしていた所に、長女の侍女が綿糸はまだかと催促にやって来た。
カチンと来た二人の妹は姉の下へ。事情を説明し綿糸が欲しければ、姉さんがどうにかしてくれと訴えたのだった。
そんな事を言われても、長女にだって納期というものがある。牛に食べられてしまったから納品できませんというわけにはいかない。そこで姉妹三人で相談した末、父である天帝に牛飼いを交代してもらうように直訴しようという事になった。
「そう言われてもなあ。そんな簡単に代りの人材が見つかるわけないだろ。畑はちゃんと柵で囲ってあるのか?」
「囲ってあるに決まってるでしょ! でも牛が角で壊しちゃうの! あ、後で柵の修理代も父上に請求させていただきますからね」
三女からいきなり余計な出費の話をされ、げんなりする天帝。
「そもそも、何で天の川の先が綿花畑になってるの? 天の川と放牧地に綿花畑が挟まれてたら、こうなるに決まってるじゃないの!」
「いや、昔からそう決められておるのだから、それに文句を言われても。そもそもお前たちの館は玄武区の牛宮。放牧地の方が先にあって、そこの一角を綿花畑にしたんだよ」
無能者を見るような次女の蔑んだ目に耐えきれず、娘たちから顔を背ける天帝。
「……綿布ができないのなら、絹布を着れば良いではないか。絹布はこれまで通り作れるんだろ?」
「はあ? じゃあ絹布が着れない人はどうするんです?」
「それは……これまで着ていた綿布を着続けるか、麻布を着るしかないだろ」
その天帝の無責任な一言に、長女の怒りが爆発してしまった。だがそこは長女、妹たちのように感情任せには怒らない。
「左様でございますか。では天帝陛下がそう申していたと広めさせていただきますね。『これからは絹の着れない貧乏人は麻を着ろ』と申しておったと」
「待て、待て、待て! なんじゃ、それは! そのような事は一言も――」
「いいえ。おっしゃいました。では、これにて失礼させていただきます。なにせ私、これから大量に麻の布を織らねばなりませんので」
ぷいと天帝から顔を背ける長女。
この娘は本気だ。そう感じ、玉座から立ち上がり、慌てて三姉妹の下へ向かう天帝。
「わかった。わかった。早急に治水工事を行い、放牧場と畑の区切りになるように天の川の位置を変える。それと牛飼いは早急に転属させて別の者を向かわせる。だからその、くれぐれも短気を起こすでないぞ。よいな?」
「私にも納品期日というものがございますので、なるべく早めにお願いいたしますね」
ニコリと微笑む長女だったが、よく見ると目が全く笑っていない。天帝は背筋に一筋冷たいものが流れるのを感じた。
こうして天の川は少しだけ位置を変え、牛が畑を荒らすという事は無くなった。
三女はこっそりと元の天の川の場所に綿花畑を拡張。それによって綿花畑は三区画となり、毎日どこかの区画で綿花が収穫できるようになった。
夜明け間際になると、侍女たちと一緒に収穫の終わった畑に種を蒔いている。
またそれまでの怠け者の牛飼いに代わって、牽牛という若い牛飼いが派遣される事になった。
この後、この牽牛と三姉妹の長女、織姫の間で色々とあるのだが、それはまた別のお話。
牛宮に住む三姉妹 敷知遠江守 @Fuchi_Ensyu
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