第34話:氷の女王とスペアの呪い

 監視対象――神原かんばらせんの暴走を見抜けず、主である一条いちじょう沙織さおりから「道具管理者失格」の烙印を押された葛城かつらぎ圭吾けいご

 完璧であるはずの自尊心を打ち砕かれた彼を、さらなる屈辱が待ち受けていた。


「道具が壊れたのは、それを管理する者の責任。あなたは、神原閃という危険な道具の『管理者』として、失格だったのよ」


(道具……。俺が、あいつの、使い手……?)


 その認識の差に、圭吾は愕然がくぜんとした。

 自分は、神原閃と、対等なライバルとして競い合っているつもりだった。いや、あいつより優れていると、証明しようとしていた。

 だが、この女にとって、俺も、あいつも、大差ない「道具」の一つにすぎなかったのだ。


 そして、その「道具」の管理すら、自分は任されなかった。

 ただ、「監視」しろと。

 そして、それすら「失敗」したと、今、断罪されている。


 これ以上ないほどの、屈辱だった。

 だが、沙織の責め苦は、まだ終わらない。

 彼女は、とどめの一撃を、完璧なタイミングで、圭吾の最ももろい部分に突き立てた。


「あなたの……お兄様なら」


 その言葉が出た瞬間、生徒会室の気温が、さらに数度、下がった気がした。


「……葛城かつらぎれい……。あなたのお兄様は、決して、このようなは犯さなかったわ」


 ズキン、と。

 圭吾の心の奥深く、決して誰にも触れさせたことのない、んだ傷口を、鷲掴わしづかみにされたような痛みが走った。


 葛城怜――その名前が、沙織の、まるで体温を感じさせない唇からつむがれた瞬間。


 圭吾は、まるで全身の血が、足元から一瞬で抜けていくような、ひどい眩暈めまいに似た感覚に襲われた。


(……やめろ)


 やめろ。


 その名前を、お前の口で、俺の前で、出すな。


(……ああ。ああ……)


 だが、圭吾の心の叫びは、声にならない。


 沙織は、圭吾のその、最も触れられたくない傷口が、今まさに開いたことを、完璧に理解している。


 彼女は、その血が流れる傷口に、まるで、さらに塩を塗り込むかのように、冷たく、無慈悲に、言葉を続けた。


「怜は、完璧だった。いつだって。どんな任務でも、どんな些細ささいなことでも、ミスというものを、しなかった」

「……」

「あなたのお兄様は、組織の命令を、寸分違たがわず遂行した。感情に流されることも、ましてや、監視対象を見失うような『油断』も、決して、なさらなかった」


 一言、また一言と。


 その冷たい声が、圭吾の存在意義を、根底から否定していく。


 葛城圭吾は、この世に生を受けてからずっと、その「呪い」と戦ってきた。


 葛城怜……。


 葛城家が、一条家に仕える「家」として、その血筋を絶やさぬために用意された存在。


 怜という、一条家始まって以来の「完璧な天才」が、万が一、任務で命を落としたり、あるいは、その能力を使えなくなったりした時のための――。


 ――ただ、それだけのための、「スペア(予備品)」。


 怜が「光」ならば、圭吾は、その光が決して欠けることのないよう、影で控える「予備」。


 怜が「本物」ならば、圭吾は、本物が本物であり続けるために用意された「代用品」。


(違う……。俺は、スペアなんかじゃない……!)


 圭吾は、心の底から叫びたかった。


 俺は、俺だ。葛城圭吾だ。


 あんな、もう、この世にいない男の、代用品なんかじゃない。


 俺は、お前たちを、あの男の幻影ごと、超えてやる。


 俺の力で、俺の完璧さで、俺がトップに立って、証明してやるんだ。


 だが、その、彼が必死で築き上げてきた「誇り」という名の、もろい防壁は。


 今、目の前に立つ「氷の女王」の、たった数言の言葉によって、粉々に打ち砕かれようとしていた。


「あなたは、怜には、なれない」


 沙織は、断罪した。


 まるで、出来の悪い生徒に、最後の通告をするかのように。


「あなたは、いつだってそう。怜の影を追いかけて、自分を完璧だと思い込もうとしている、ただの、哀れな『スペア』」

「……っ!」

「そして、その『スペア』ですら、まともに務まらない。……今回の、この報告書が、その何よりの証拠よ」


 沙織の言葉が、呪いのように、圭吾の心に染み込んでいく。

 息が、できない。


 ――脳裏に、よみがえる。 幼い日の、あの氷のように冷たい葛城家の書斎。完璧だった兄。そして、自分を哀れむように見つめる、母の美しい顔。

『覚えておきなさい、圭吾。あなたは、この家に万が一のことがあった時のための、『スペア』なのですから』

 ――やめろ。思い出すな。


 完璧な静寂に包まれたこの生徒会室が、まるで、自分一人のためだけに用意された処刑場のように思えた。


 夕陽の赤い光が、まるで、圭吾の足元に広がった血だまりのように、不気味に、その色を濃くしていた。

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零極滅消サーガ ~古代の電流術を受け継いだ高校生は、歴史の裏で世界を守る~ やまのてりうむ @yamanoteriumu

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