第2話 王位継承者 リリウム

現国王の末子

王女、ラトライ・フォン・ディグダン


彼女が王位継承者に決まったのは5歳の時だった。

その時から、王位継承者にだけ伝えられる、

ディグダン家の秘匿文字ファハスティルスと、

自然や自然に宿る神々に、特別な力を秘匿文字に宿し祈祷をあげる、その伝統の為の勉強と訓練が始まった。


その時から、ラトライと名を呼ぶ事が禁じられ、家族からは、リリウムと呼ばれる様になった。

リリウムとは「百の根」を意味し、

この地を守る森の木々の百の根を守る者、として母が願いを込めて付けた名であった。


リリウムの世界は、王として師としての父と、王妃の母、それから生まれた時から世話役として付きそってきたユージーンだけだった。


母の違う兄と姉がいたが、日々訓練に追われて、会う事は無かった。

それが幸か不幸か、リリウムが生き残ることの出来る要素となったのは確かだった。

父、母、そしてユージーンの他は誰もリリウムの顔を知らなかったのだ。




「リリウム、逃げなさい」

母は言った。

その日はリリウムの10歳の誕生日だった。

「ジィン、リリウムを頼みます。私が時間をかせぎます」

「はい、この命に変えてもリリウム様をお守りします。さあ、この布を被って」

青の様な紫色の布を晒せられ、為されるがまま、リリウムはユージーンに抱き上げられた。

「ジィン、母を置いて、何処へ?」

幼い、しかし落ち着いた声でリリウムは尋ねる。

「城内は危険です。リリウム様は生きなければなりません。反王勢力の少ない紫の森を目指します」

「リリウム、母に、再び会う事は無いと思いなさい。ジィンの言う事をよく聞いて。無事を祈ります」

なぜ、とリリウムは尋ねなかった。

一度だけ、深くうなづき、ジィンにしがみつく。

賢いその横顔は幼いながら状況を理解しているようだった。


平和を保ち続けて来たスティルス半島に、時代の波が争いを引き入れた。

大陸の思惑に乗った西側の森の杭達が、継承権の秘匿性に反対の意を唱え、第一子である、第一王子の立太子を担ぎ上げた。


王が病に伏し、息を引き取ったと国民に発表されてすぐ、リリウムが全てのファハスティルスを習得し、王位継承の正式発表がされる直前だった。


リリウムの長い長い逃亡が始まった。

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