風の行方
奈那美
第1話
一年生三学期の終業式の日が来た。
何もないまますぎたホワイトデー。
それは、当たり前なんだけど……本命チョコを誰かに渡したわけじゃないから。
だけど当日は、心の片隅で少しだけ、ほんの少しだけ期待している自分がいた。
───もしかしたら、もう一度コクってくるんじゃないかって。
そのとき、私の感情はどう動くんだろう?それが知りたい気がしていた。
でも結局、その日も翌日も何もなくて。
何もなくて当たり前じゃないと思う私と、少しだけ残念がっている私とがいて。
残念がるというのは、言いすぎかな。
それでもモヤモヤ感をあらわすとしたら、多分一番近い言葉。
だからって好きという感情は持っていないから私から何かしらのアクションを起こすのは違う気がして。
有紀のこと考えると、やっぱり今でもドキドキする。
遠藤君のことを考えるとドキドキ──は、しない。
代わりになんだかほんわかした気分になる。
永田君は?水元君は?……そこそこ仲良く接することがある男子のことを考えてみても、そこには何の感情の動きはない。
秘密を共有してもらってる安心感なのかな……そういえば、どうして遠藤君は絶対に口外しないって思ったんだろう?
同じクラスでも、あの日まであまりしゃべったこともなかったのに。
ほとんど知らなかった人なのに、無条件で信用して──実際に口外しないでくれてるけど。
終業式とHRが終わった。
明日からは春休み。
だけど有紀も佳織も彼氏と遊ぶのを優先させるんだろうな。
実際、今日も彼氏と一緒に帰るからお先にって帰っちゃったし。
まあ、いいけどね。
私はカバンを持って教室を出て、帰途についた。
駅に向かって歩いていると、公園あたりで後ろから声をかけられた。
「安藤さん、よかった、追いつけた」
遠藤君、だ。
少し息を切らしてるけど、もしかして走ってきた?
「追いつけた?なにか、用事があったの?私に」
「え、あ。用事というか、伝えたいことがあって」
「伝えたいこと?」
「うん……歩きながらじゃ、ちょっと。だから、そこの公園に行っていい?電車の時間がだいじょうぶなら、だけど」
電車の時間までは、まだ間がある。
「電車はだいじょうぶだけど……?」
「じゃあ、ちょっとだけ安藤さんの時間をもらうね」
そう言って歩き出した遠藤君の横に並んで公園まで歩く。
あまり広くもない、植え込みのそばにベンチがいくつかあるだけの小さな公園。
通学時に見かけるけれど、ほとんど利用したことがない
並んでベンチに座る。
沈黙の時間……用事があるんじゃなかったのかな?
あ……もしかして?
いや、違うよ、ね。
しばらくして、遠藤君が口を開いた。
「あのっ、明日から春休みでしょ?だから、どこかに一緒に出かけてもらえないかなって……その、友達として」
「出かけるって。たとえば、どこに?」
「まだ、決めてないけど。でも、ひなまつりとか、このまえの虹のように、いっしょに出かけて同じものを見て感じて、その感想を言い合って……そんなことがしたい、そう思ったんだ。とても、楽しかったから」
遠藤君の顔が、真っ赤になっている。
そっか……お出かけのお誘い、だったんだ。
ちょっと、期待外れ──え?
「いいわよ」
一瞬、自分の考えに動揺した。
そしてそれを隠したくて即答してしまった。
「え?」
遠藤君が驚いた声をあげた。
あれ?誘ってくれたのって、OK前提じゃなかったの?
OKしたのが意外だったの?
でも、誘ってくれた理由が嬉しかったから、私も答えた。
「私も遠藤君と出かけたの、結構楽しかったし。でも、それを言うために追いかけてきたの?メールで『用事があるからちょっと待ってて』って言ってくれたらよかったのに」
「あ……今日、スマホ忘れてきちゃってて」
遠藤君らしいわ。
「そうなんだ。伝えたいことって、それだけ?」
「うん」
「そっか……伝えたいことがあるって、慌ててる感じだったから、でっきり……」
あ!ヤバ!
「てっきり?」
遠藤君が不思議そうに問い返してくる。
ダメじゃん、私。
アブナイアブナイ……。
「ううん、なんでもない。あ、そろそろ電車の時間みたいだから、私行くね。誘ってくれてありがとう」
「うん、ぼくのほうこそ、ありがとう。またメールするし」
電車に揺られながら窓の外を眺める。
てっきり──思わず口をついて出た言葉。
その理由を考えることは、やめにした。
それよりも、遠藤君が言ってくれた誘いの言葉──いっしょに出かけて同じものを見て感じて、その感想を言い合って……そんなことがしたい、そう思ったんだ。とても、楽しかったから
その言葉を聞いたとき、心の中にふぅっと風が吹いた気がした。
柔らかくて暖かい春のような風。
どこに向かって吹いているんだろう?
風の行方は──?
風の行方 奈那美 @mike7691
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