第2話
自慢げに荷馬車を叩くアルトリウスを胡乱な目で眺めるリリス。
確かに行商人が使うような大き目の馬車だ。
本当に商売を始めるつもりだったのだろう。
「本当に戦えないの?一応聞いておきたいのだけど、貴方のスキルについて教えてくれる?」
素直に教えてくれるとも思っていなかったがリリスは一応聞いてみる。
「いいけど…」
アルトリウスは焚火に目線を映すといい塩梅に焼けた魚が目に入る。
「お昼は食べたかな?とりあえず魚でも食べる?」
予想外の返答に狼狽しながらも空腹ではあったリリス。
「ありがとう、頂くわ。…でも本当にいいの?」
リリスの返答を聞くとアルトリウスは焚火の横に刺してある串を取り、リリスに差し出した。
「別に魚の一匹くらいいいよ、そこに川あるし」
受け取りながら、リリスは行き違いを訂正する。
「あぁ、いや、そっちじゃなくて、スキルの事よ」
戦えなくなったという噂は出回っているが、その詳細は不鮮明だ。
所詮は噂話、魔法が曲がるとか、物を投げれば重力に逆らって上に飛ぶとか、果ては剣を持ったら爆発するとか、尾ひれがついて何が何だか分からないのだ。
そんな不明なスキルの詳細を教える事は弱点を教える事に等しいだろう。
協力すると言ったとはいえ、恨みを持つ相手に。
「不審に思う気持ちも分かるけど…ここは商人らしく合理的に説明しようかな」
コホン、と咳払いするとアルトリウスは人差し指をピンと上に立てた。
リリスは座り胡乱な目で魚を齧りながら聞く。
「まず、君は魔王の娘、つまり王族という事は教養を身に着けている事が分かる。貿易相手であるゼロニア王国の文字、つまりヒューマンの文字はまず読めるとみて間違いないだろう」
「そうね」
「次に王国や、僕にスキルを授けた教会の大本である聖国イーリスにもスキルの詳細は知られている。王国はさて置き、教会は神器で悪いスキルを授かった僕を蛇蝎の如く嫌っているから僕に不利な情報を新聞とか紙媒体でもばら撒くだろう。つまり、人に聞くか何か読むか、放っておいてもいつかは知られる情報だという事だね」
食べ終わった魚の残骸を火にくべて、残った串を持って立ち上がる。
「でも、それは軽率だと思わない?その情報を知るまで、会ったばかりの私を見極める時間の余裕ができるわ」
リリスは挑発するように串の先端をアルトリウスの喉元に突きつける。
信じて旅を共にするにしろ、怪しんで離れるにしろ、安全に判断する時間は大切だ。
「見極めというならもうしてるよ。背を見せても襲ってこなかったし、話の内容も納得した。それに、君が腹を割って憎しみを吐き出してくれた事が嬉しい、という言い方は変かもしれないけど、心に響いたんだ。最近は色々あったしね、だから誠意には誠意で返したい」
アルトリウスは平然と串を受け取る。
色々、というのは追放に関する事なのだろう。
それで人の本音というのに思う所があるのかもしれない、とリリスは考えた。
偶然、心の隙間に付け込んで掴めた情報の糸口だ。
有難く頂戴する他無かったが、リリスは躊躇した。
『誠意には誠意で返したい』、その言葉をリリスは気に入った。
リリスは王族としての誇りを大切にしている。
そして、憎しみと殺意を押し殺して協力を求めたようにその義務も同様に大切だ。
民からの奉仕と民への献身、自身の生き様に通ずるその言葉はリリスの憎しみを|幾許か和らげた。
だからこそリリスは告げた。
「後悔しないな―――?」
和らごうとも消える事のない憎しみを溢れ出る魔力とその威容で表現した。
その情報はお前を死に至らしめるかもしれないと、一時は王族の務めや責務すら忘れ去らせ、城を飛び出す程の怒りは消えていないのだと、暗に告げた。
「もちろん、僕は後悔しない生き方を心掛けてるからね」
まるで理解していないかのような笑顔だったが、その声色は独特の重みがあった。
「そう、ならいいわ。教えてくれる?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「まず『スキル』についてどれくらい知ってる?」
アルトリウスは荷車をガサゴソと漁りながらリリスに問いかける。
「全ての種族に極めて稀に発現し得る原理不明の力でしょう?大体は生まれつきで、あなたみたいに後天的に獲得する事例は相当珍しいみたいね。細身の子供が大岩を持ち上げたり、魔力を使わず物を浮かせたり、効果は千差万別だとか」
「その通り、教養があるね。そして僕の得たスキルは簡潔に言えば『攻撃が外れるスキル』だ」
アルトリウスは荷車から木を削った簡素な槍と釣り竿を出すと近くの川辺まで移動する。
槍を構えて川の魚目掛けて投擲した。
その軌道は完璧に魚を捉えているように見えたが不自然に槍の軌道が横に逸れた。
「こんな感じで物理法則に逆らってでも当たらない。剣で直接切ろうにも謎の力で軌道が逸れて当たらない」
「なるほどね」
確かにこれでは戦えないないだろう。
二重の意味で「外れ」スキルという事だ。
「でも、不思議な事に同じ魚を害す目的でも釣り上げる事は出来るんだ」
そう言って、アルトリウスは釣り糸を垂らす。
一分、二分、沈黙の時間がただ過ぎる。
そして十分を過ぎた時ついにリリスは口を開いた。
「釣りで実演する必要あった?」
静かな怒気を滲ませつつリリスは問う。
「だってお腹空いたし」
「そうね、そうよね、私が食べちゃったんだものね。遠慮なく頂いちゃったけれどあなたの昼食だったんだものね、ごめんなさい」
行き場のない怒りを振り下ろす場もなくリリスは引き下がった。
―――――――――――三十分後。
「釣 れ な い じ ゃ な い!」
限界を迎えたリリスの抗議にアルトリウスは顔を逸らした。
無視するアルトリウスにもう一度抗議の声を上げようとしたその時、釣り糸がピンと張る。
「―――っ」
「おっ掛かった」
出掛かった言葉を飲み込むリリスと呑気な声で釣り竿を引くアルトリウス。
「このように同じ魚を捕る行為でもやり方によっては達成できるんだ」
釣った魚を眼前に掲げる彼に今までとは違う種類の殺意が湧いたがリリスはグッと堪えた。
「要は傷つけないならOKって事?」
「ところがそうでもない」
アルトリウスは荷車からまな板を取り出すと懐からナイフを取り出し、暴れる魚を締めるために突き立てた。
しかしナイフは逸れる事無く突き刺さり、魚は動かなくなった。
「当たった…」
「正直に言うと、自分でも把握しきれていないんだよ。僕が陸に上がった魚は死に体で生き物ではなく食べ物だと認識しているからかもしれない。かといって生物でなくとも当たるとは限らないんだよね」
アルトリウスは川辺にある少し大きな岩を指さした。
「例えばアレを狙うと、『ファイアボール』」
手を翳し魔法を放つ、しかし放たれた火球は不自然にそれ、砂利道に焦げ跡を付けた。
「こんな風に外れるけど、『ファイアボール』」
火勢の弱まった焚火に向けて撃つと命中し、火の勢いが戻った。
さらに薪を継ぎ足すと下処理を終えた魚を串に刺し、地面に刺した。
アルトリウスはリリスに向き直る。
「当たったりもする」
「だから君の『戦えないのか』という質問への答えは『戦えるかもしれない』だ。魚を締められたように、焚火に火を付けられたように、条件を調べて突き詰めていけば戦える余地はあるのかもしれない」
「ならどうして―――」
リリスの知る強者は父を含め、皆例外なく力と戦いへの渇望を持っていた。
父を超える強者であるアルトリウスも、戦える余地があるというなら限界まで模索するものだと思った。
「そこまでして『戦いたくない』からだ。そんな不利で不鮮明な条件背負ってやっていけるほど世の中甘くないしね。条件を知ったつもりで戦って、不意に攻撃が外れるなんてリスク考えただけで背筋が凍るよ」
辟易としたようにアルトリウスは溜息を吐く。
「だから戦闘に関しては期待しないで欲しい。もしこれから魔物とかに馬車を襲われたら全部君に任せるつもりだけど、リリスは強いから大丈夫だよね?」
「…まぁ、任せてもらって構わないけど」
「いやぁ、助かるよ。商人になるにあたって護衛を雇わなきゃだったけど強い人は高いからね。僕のスキルに関してはこんなところでいいかな?」
「えぇ、参考になったわ」
アルトリウスは空気を変えるようにパンと一度手を叩く。
「それじゃあ、今度はこれからの話をしようか」
外れスキルの零落英雄~魔王討伐の元英雄は商人になって魔王の娘と魔族を救うらしいです~ 秋風秋刀魚 @sanmanosioyaki
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