外れスキルの零落英雄~魔王討伐の元英雄は商人になって魔王の娘と魔族を救うらしいです~

秋風秋刀魚

第1話「ちょうど商人始めようと思ってたんだ」

「知ってるか?魔王討伐の英雄アルトリウスが国を追放されたって話」


 馬車を駆る男が荷台に座るフードを目深に被った女に話しかける。


「ここのところよく耳にする話ね」


 女はこの話題に辟易しているのか、興味無さげに答えた。


「ヒデェ話だよなぁ、あんないい奴を追い出すなんてよ」


「あら、会った事があるみたいな口振りじゃない?」


 女は打って変わって俄然興味が出てきたように声のトーンが上がった。


「あぁ、一度魔王討伐に向かうアルトリウスのパーティーを乗せた事があるんだ。ちょうど今とは逆方向だったな」


「そう、どんな人たちだったの?」


 少しトーンの落ちた声で女が問う。


「英雄のパーティーってだけあって皆強者のオーラっていうか納得感はあったが、当のアルトリウスは何というか、普通の男だったな」


「普通?」


「威圧感が無いっていうか、見た目こそ鎧は着た戦士だが、そこらの村に居そうな優男みたいな雰囲気でな。よく話す奴だったが、内容はどこの飯が美味かっただのどこの景色が綺麗だっただの名うての冒険者ってより旅好きな行商人のような感じだ」


「私商人にいいイメージ無いのよね、本当にいい人なの?」


「少なくとも荷積みと荷下ろしを手伝ってくれるくらいにはいい奴らだったよ」


 男は振り返って馬車の中に積まれた荷物を見遣る。


「…思ったよりいい人のレベルが小さかったわ、もっとこう英雄らしいのは無いの?」


 男は少し考え込むような仕草をした。


「残念ながらこの安全な街道じゃあ魔物被害は滅多に無いしな、魔王討伐もどこだかの厄介な魔物討伐も縁遠い話さ、俺に判断できるのは俺の目の前でどういう奴だったかってだけだ。そういう意味じゃあアンタも英雄と同じくらいにはいい奴だぜ?」


 女は目深に被ったフードを気恥ずかしさからか、さらにおろした。


「お、お金払ってるとはいえ急なお願いで乗せて貰ってるんだしちょっと手伝っただけよ」


「そのちょっとの優しさが今は貴重なのさ。不作に続いて魔族の侵略、魔王討伐で今でこそ少しずつ落ち着いて来ちゃあいるが不安でピリついてる奴もまだ多い。そんな中戦争を終わらせた英雄を追放とは王国は何考えてるんだか」


 男は辟易としたように溜息を吐いた。


「おっと、暗い話して悪かったな。あーっとお嬢さんはどこに何しに行くんだ?」


「その戦争でお父様が亡くなってね、フリージアに人を探しに」


 地雷を踏みぬいた男は己の愚かさを窘めるように己の頭をペシリと叩いた。


「すまん、俺って奴はどうしてこう配慮が足りないんだか」


「いいのよ、別に気にしてないから」


「あー、探し人は親族かい?」


「いいえ、ただ力にはなってくれるかも」


「冒険都市フリージアは広いし人が多い。大変なら教会に行って事情を説明すれば最低限寝床と飯の面倒はみてくれるぞ」


「ありがとう。でも目立つ人だし、人探しは得意なの」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 女性はフリージアに着き、荷下ろしを手伝うと御者に別れを告げた。


 人探しは得意といってもこの大都市で宛も無く個人を見つけるのは不可能に近い。


 しかし彼女は迷いのない足取りで歩を進める。


 到着した北門と正反対の南門から外に出て、テントを張っているキャラバンを素通りして少し先、小振りな馬車と焚火で何かを焼いている男がいる。


「あなたが英雄アルトリウス?」


 アルトリウスと呼ばれた男はビクッと体を動かすとゆっくり振り向いた。


 赤みがかった茶色い短髪に柔和そうな雰囲気の人物でとても英雄とは思えない。


 そんな男は女性を観察するように暫く見て返事をした。


「今となっては英雄と言えるかは微妙なところだけど、僕がアルトリウスだよ。親しみを込めてアルと呼んでくれていい。それで、君の名前は?」


 女性はフードを下ろした。


 黄金のロングウェーブの髪と燃える様な紅い瞳、どこか幼さの残る顔だが、迷いのない眼差しは大人びて見える。


 そしてその頭には魔族の証である小さな角があった。


「私はあなたが殺した魔王ディズの一人娘、リリスよ」


 アルトリウスの雰囲気が一瞬鋭くなった。


 リリスも威圧するように魔力を漲らせる。


 威圧感のある眼差しを向けられて、この男はどうするのだろうか。


 リリスはどんな動きをしても対応できるよう注視した。


「よろしくね、リリスちゃん。まぁ積もる話もあるだろう、座りなよ」


 そう言ってアルトリウスは立ち上がり、無防備に背を向けながら荷車を漁ると、小さな腰掛を出して焚火の対面に置いた。


 焚火では近くの川で釣ったであろう魚を焼いている。


 少し迷った後にリリスは迸る魔力を抑えた後、思いつく限り尊大に椅子に座り足を組んだ。


「戦えなくなったって本当なのね」


 アルトリウスの身なりは戦う冒険者のそれではない。


 ただの平服に身を包む彼は纏う雰囲気もあって実に平凡だ。


 噂話は本当だったのだろう。


 魔王討伐の英雄、アルトリウスはその褒賞として教会の有するスキルを発現させる神器の使用を許されたが、そのスキルによって戦えなくなってしまったと。


「そうだね、お陰で君とこうして話せる訳だ。それで、復讐かと思ったけど、そうでもなさそうだし僕に何か用かな?」


 隙を晒して襲わなかったからそう判断したのか、リリスは早計すぎると思った。


 リリスは少しの逡巡の後、自身の考えを胸に仕舞って口を開いた。


「私の国を、助けて欲しいの」


「それはまた…何で僕に?」


「何故お父様が戦争を仕掛けたかは知っているでしょう?」


「端的に言えば食糧不足だね、元々魔族の住む北の大地は実りが少ないし、越冬するのに王国からの輸入に大きく頼っていたけど、王国側も不作で自国の飢えを満たすので手一杯、輸出を打ち切った」


「そう、そして食料を奪うために争いを始め、負けた。今はお母様が国を治め、戦争で減った国民で少ない食べ物を分け合って何とかもってるの。でも次の冬はまた多くが亡くなるでしょう。私は王族の責務としてどんな手を使ってでも国民を守らなければならない。例え憎むべき親の仇だとしても、頼れそうなら頼るの」


 その瞳には消えない憎しみの炎が宿っていた。


「頼ろうという割に滅茶苦茶挑発してくるじゃん」


「腹を割って話してるの、下手に憎しみを隠して甘えて擦り寄るなんて私は不誠実だと思うわ」


「…なるほど、そういう考え方もあるか。…ん?じゃああの断ったらどうなる感じかな」


「八つ裂きにして殺す。と言いたいところだけど、脅して従わせるのは本意じゃないわ。断った瞬間襲うような真似はしない。別の手段を探して王族としての責務を果たす。その後はどうするかは分からないけど、少なくとも私は国を救った恩人に仇で返すような不義理はしないとだけは言っておくわ」


 国難を乗り切ったら殺しに来るが、手伝うなら我慢すると暗に告げるのは結局脅して従わせているのと変わらないように思えるが、仮に断っても対応する時間の猶予を与え、アルトリウスが手伝う事と手伝わない事のリスクを比較し、


 力で有無をいわず従わせるか、脅しという圧を掛けつつも選択させるか、リリスは後者の方が信用できると考えたのだ。


「成程ね、まぁ今すぐ八つ裂きじゃないのは助かるけども…」


 考えつつも乗り気ではないような声音にすかさずリリスは報酬という飴を差し出す。


「…勿論タダ働きさせるつもりはない。成功すればしっかり報酬は払うわ。食料の代金とは別で今年食料と交換で王国側へ輸出する筈だった魔石類、全て渡すわ、個人への報酬としては破格でしょう?」


「それはとても魅力的な話だけど、仮に手を貸すとして、僕に何ができるの?戦えないから狩りすらできないけど」


「頼りたいのは伝手よ、聞いたところによるとあなた、民衆からの随分評判いいみたいじゃない。しかも王国だけでなく聖国に魔法都市果ては帝国まで旅した冒険者なのでしょう?どこの権力者に援助を頼むにしろ買い付けるにしろ嫌われ者の魔族がお願いするより確率が高いわ」


「まぁ、目的と手段として僕を選んだ事は納得したけど、確率低いとは思わなかったの?」


「…戦果を挙げた褒賞で力を奪われて追放された英雄なんて寝返る要素しか無いと思ったわ」


 アルトリウスは少し固まって顎を手でさすり考え込むような仕草をする。


「……それもそうだね!」


 多少、いや、とても馬鹿っぽいが民を、国を救える可能性が一番高そうなのはコイツなのだとリリスは己に言い聞かせた。


「それで、いい加減答えを聞かせて貰える?」


 リリスは雰囲気を尖らせ、これ以上問答を長引かせる気がない事を告げた。


「八つ裂きにして殺されたくない、という理由を抜きにしても報酬はいいし、手を貸してもいいよ。ただ別にそれは王国や人を憎んでいるからじゃないし、魔族の為とはいえその過程で人類を害そうとするなら僕は死んでも手を引くよ?君がそれで納得するなら手を貸そう」


 つまり、この男は人への復讐でもなく、ただ純粋に魔族の為なら力を貸すと言っているのだ。


 怪しむべきなのだろうがリリスはそんな気にもなれなかった。


(元よりこの男は追放などされる前から魔族を救っているのだから)


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 リリスはアルトリウスに助けを求める為でなく、殺すためだけに城を出た。


 敬愛する父の意に反しようとも、それだけリリスは父を愛していた。


 だが、その足跡を追うために、魔族の話を聞くと王国軍は魔王を討った後、侵攻前の国境まで前進し、再び国境警備を始めたが、アルトリウスパーティーはさらに前進し、ディズ魔王領の村々に踏み入ってきたという。


 最初は報復で殺されると村民は怯えていたが、彼らは村民に食糧事情や周辺の状況を聞くと、手持ちの食料を分けて帰っていった。


 始めは訳が分からなかった。


 だが魔族領を出て、彼を追い、噂話を聞き理解した。


 アルトリウス達はそういう人間なのだ。誰かが目の前で困っていたらつい助けてしまうお人好し。


(ならばお父様も、死んでいった兵も、助けて欲しかった)


 そんな旅の中、アルトリウスが戦う力を失くし、追放されたという噂を聞いた。


(今なら楽に手を下せる。しかし…)


 憎しみも殺意も消える事は無かったが、旅路の時間はリリスを冷静にした。


『リリス、不甲斐ない父を許してくれ。母さんを、民を頼む』


 父からリリスへの最後の言葉だ。


 リリスは己の内に渦巻く激情と父の末期の願いを天秤に掛けた。


(アルトリウスを味方にできれば、他の国に領民への援助を乞えるかもしれない。戦果を挙げたのに追放などされたのだ。心情的にも取り入りやすいだろう)


 リリスは決めた、魔族に手を貸すなら生かし、駄目なら殺す。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 リリスとしては手を貸して貰えるなら人を害する気は無いし、回答としては理想通りなのだが、何だか釈然としないイライラが募った。


 それをリリスは己の殺意が予想以上に高かったのだと納得し仕舞い込んだ。


「それで構わないわ、他に手段が無かったとはいえ、元より先に手を出したのはこちらだし、国の未来を拓けるのなら人に仇なす理由は無いわ」


「それは良かった。これから宜しく、リリスちゃん」


 アルトリウスは笑顔を向けると手を差し出してきた。


「軽く見られてるようで殺したくなるからリリスでいいわ、宜しくアルトリウス」


 対してリリスは無感情に手を握り返した。


「そういえばさっき渡りに船って言ってたけど、何か貴方に他のメリットがあるの?」


 リリスとしては唯一の頼みの綱であるアルトリウスの行動方針はできる限り知っておきたい。


「戦えなくなっちゃったしね、何をして生きていこうかと思ってたんだけど…」


 アルトリウスは立ち上がると自慢気な顔で荷車を叩いた。


「ちょうど商人始めようと思ってたんだ」

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