第7回 #ミュート配信
「ん……?」
駅構内の配信が終わってから、1時間半ほど経った頃だ。
さきは、普段はならない時間の通知音に、小さく首をかしげ、流すようにスマホを見たあとで数秒停止した。
「『#半ミステリーツアー』に、『#ミュート配信』だぁ?!」
そんなの、萌え以外の何者でもないじゃないか、と、さきが思った。
「それにしても、ミュート配信って話さないってことかな。」
さきは、配信を食い入るように見ると、メモ紙に『ミュート配信だから、話しません』との文字があった。
それを添えながら、ケンヂの手だけが出ていて、ピースをする。
「新幹線の中とか今どきはやっぱり騒いだら怒られるもんねぇ。」
最悪通報されるし、と、さきは思いながらミュート配信のため画面から目を離せない。
画面から目を離さずに座ろうとして、ガタンと椅子が傾く。
「危な……まさか、ミュート配信見てて怪我しましたとかは、ちょっと言えないしね……。」
そこまでさきは、腐女子であることを隠している訳では無いが、理由がこれではりゅうとケンヂにも、他リスナーにも合わせる顔がない。
じっと見ていると、りゅうがメモ用紙を差し出してきた。
「駅弁公開します……。」
りゅうとケンヂは、メモで字幕の役割を補おうとしているらしい。
どこか、可愛らしいふたりのやり取りに、さきは目を細めた。
画面に映し出された駅弁の上には、メモ紙で『りゅうの』『ケンヂの』と書いてある。
思わずさきは、その文字の破壊力の強さに息を飲んだ。
『の』付けは、犯則ではないかと。
別に名前だけでもいいはずなのに、と。
「可愛いことしちゃって~。ほんとに可愛い……。」
コメント欄をふと見ると、やはりさきと同じように思った人も多いようだ。
《の、とかつけてるの可愛すぎ》
《会話がない分見入っちゃう~》
「見入っちゃうよねぇ、分かるわー。」
りゅうとケンヂは、画面に「いただきます」とするように手を合わせた様子を見せる。
その上でケンヂは、さらさらと、どこのコンビニにもあるような黒のボールペンで名前の横に『いただきます』と書いて「どうだ!」と言わんばかりにヒラヒラみせてきた。
ケンヂが、りゅうの方に周りを見せないようにインカメにすると、りゅうを映し出した。
ケンヂの行動を、可笑しそうに、だが、愛おしそうに優しく目を細めてみている。
周りを写さないように注意をしてカメラを固定すると、駅弁を食べ始める。
黙って食べているように見えて、時々コソコソと耳元に話をしたり、ふっと表情を和らげて笑ったり。
そして、駅弁を少しシェアしあったり……。
「え、なにこれ、幻?」
さきは、思わず口から言葉が零れた。
目の前の光景は、ミュート配信だからとわかっているのだが、2人の声が聞こえてくるようにすら感じる。
文字を読み取るために画面に集中していたはずなのに、あまりにも微笑ましいふたりの配信に、目を細めて見入ってしまう。
《尊いがすぎて呼吸忘れる……》
《無音なのに、呼吸音まで聞こえる気が……》
コメント欄も平和すぎて逆に怖いくらいである。
今日は、確実に神回だ。そうさきは思っていた。
(ああ、もお。私の尊い幼なじみをみんな受け止めてー。)
りゅうもケンヂもさきも、誰一人として、さきが幼なじみとは言ってないが、身バレはいつの間にかしていた。
さきは、開き直り、コメントはせずに、ふたりの愛塗れる配信を見守っているのだ。
そのうち、りゅうとケンヂは、駅弁を食べ終えると、駅弁の蓋についていた紙を裏返し、何やら筆談を始めたのだ。
「りゅうに質問。」
そうケンヂが書くとりゅうが、ケンヂからボールペンを取り「何を?」と、書く。
「俺の…ケンヂのどこが好き?」
りゅうの手が、ぴくんと跳ねる。
その後に続いたのは、少し戸惑ったように瞬きする。
りゅうはケンヂの意図までも理解したのか、少しだけ照れたように笑うと、誤魔化すように髪をかきあげた。
「今更?」
「今知りたい。」
「えー……。」
りゅうは、ボールペンをコツコツと紙に跳ねさせて悩む。
悩むと言うよりは、書き渋っている。
「教えて。」
ケンヂがりゅうからボールペンを奪い、再度書き込むと、りゅうは、少し悩むと小さな文字で『犬っぽいとこ』と、書いた。
「え、犬っぽいとこ?」
《犬っぽい、分かるwwww》
《確かにケンヂくんは猫より犬w》
「どういうこと?」
ケンヂは、グイグイと肘で小突きながら、グイグイやられると、りゅうは視線を逸らす。
「どういうこと?」の問いの答えを書き渋ってるのは明らかだった。
普段、こういう時、ケンヂは本気でりゅうが嫌がっていたとしたら、逃がしてやることもある。
だが、今日のりゅうは、恥ずかしがってるだけで、嫌がってはいないことが分かっていたのだろう。
ギリギリまで顔をケンヂがりゅうに近づけると、りゅうは、『わかったって』と、口をパクパクさせたあと、さっきよりも小さく文字を書いていく。
「懐っこくて、笑顔がにあうとこ」
《かわ、かわいい!!!》
《可愛すぎゆ》
《ごちそうさまですごめんなさい》
走り書きされたりゅうの言葉に、コメント欄が走る。
ケンヂが、にまーっと笑ってりゅうの顔を覗き込もうとしている。
りゅうは、すこぶる嫌がって、すごく顔を外そうとしている。
それでも、ケンヂが顔を覗き込んでこようとするため、りゅうはケンヂからボールペンを奪った。
「ケンヂは俺のどこが嫌い?」
《そー来たかーーー!》
《その逆質問マジヤバ》
《ごめんなさいごめんない》
コメント欄が動くのと、ケンヂ画面食らったような表情を浮かべたことに、りゅうは機嫌良さそうにニヤリと笑った。
「んーとね」
ケンヂは、りゅうが機嫌良さそうに笑みを浮かべたのをみて、嫌な『にや』とした笑みを浮かべた。
りゅうからボールペンを奪い取ると、りゅうの方をチラチラ見ながら書いていく。
「そんなこと聞くことでマウント取れるとおもってるとこ」
りゅうは、驚いたようにケンヂと紙を何度か見たあとで、唖然とした表情を浮かべた。
それは、それが真実であることを表していた。
それに気付いたのは、リスナーの方が先だった。
《もう胸焼けするって》
そうコメントがされたあと、同意するかのようなコメントが、ダっと流れ駆け巡る。
ケンヂは、ニヤニヤしながらりゅうの顔を覗き込もうとしているが、りゅうが拒むように顔を背け、書いていた紙さえ裏返しにしてしまった。
そして、カメラを向けているケンヂの手を掴むと、そのままカメラを隠してしまった。
それを拒むようにケンヂがカメラを揺らして、ガタガタと薄暗い中で画面が動く。
最終的には、りゅうがケンヂからカメラを奪い取ると、まだまだ照れくさそうな顔を隠しきれないりゅうの顔が一瞬映って、配信は切られてしまった。
「いや、今の終わり方は尊いし、りゅうが肯定している塊でしかないんだが。」
さきは思う。
きっとりゅうは恥ずかしくて、たまらなくなり、配信を切ったのだろうが、それはケンヂの言葉を『正』と認めることだった。
「もう、ふたりでイチャイチャしてくれよ。」
あの、狭い新幹線の中で、ふたり仲良くあーだこーだやっている姿が浮かぶ。
「幸せだなぁ。幸せでいてくれよ、これからも。」
そんなこと思いたくないのだが、願いたいのだ。
死ぬまであのふたりが、仲良くやってくれている姿を。
「とりあえず、次は半ミステリーツアーの場所は分かってるかな。」
それを楽しみにしよう───
スマホの暗い画面には、さきの愛おしそうに見つめる顔が写っていた。
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