第8回 #答え合わせ

「りゅう、配信、する?」

「そんなん聞くの珍しいな。」

「一応旅先だから。」

「気を使ってくれるの珍しくて可愛い。」

「なんだよ。」

「いいよ、配信して。」






それは、21時を回った頃だった。

温泉での入浴を存分に済ませて、食事に舌鼓をうち、満足した頃だった。

ケンヂは、ハッシュタグに『#答え合わせ』『#半ミステリーツアー』と打つと、配信を始めた。

「こんばんは。答え合わせだから、ちょっと人が集まるまで待ちまーす。」

「ケンヂが待てるとは思わないけど。」

「えー?俺ってそんなイメージ?」

りゅうとケンヂは、宿で用意されていた浴衣に腕を通してカメラの前に二人で並んで座っていた。

二人で仲良く若草色の薄めの浴衣を着て──少し着せられている感はあるものの、配信では、よく映えていた。

「《浴衣似合う!》って?ありがとう。」

「《スクショタイムして!!》?どうしよっか?」

心なしか、少し浮かれているような表情をしている二人を見れるのは、久しぶりのようだった。

りゅうとケンヂは、コメントをまばらに拾いながら、段々と普段の配信が始まる人数になってくると、ふたりは揃って顔を見合わせた。

「みんなは、答え合わせ……聞きたい?」

「でもさ、りゅう。このまま帰るまで半ミステリーツアーみんなには続けてもらうってのもありじゃない?」

ケンヂが少しニヤニヤしながら、リスナーを煽ると、バッとわかりやすく増えるコメントの数々。

その多くが《お願いしますケンヂ様ー!》と言った感じのものや《ここまで来て》《さすがに頼みます》と言ったものだった。

中には《ちょっとそんな言い方は興ざめ》みたいなコメントも無くはないが、今は気にすることなく配信できるまでにふたりとも強くなっていた。

「今回の旅行中の配信は、今日がラストにさせて欲しいので、言うから心配しないで。」

ケンヂは、リスナーも思ったよりも自分の言葉に思った通りの反応を示したことに笑みを浮かべた。

「りゅうと話して。たまにはふたりでゆっくりなのもいいかなって。SNSは更新するからね。」

「と、いうことで皆さん、今日は長めに配信するよ。」

りゅうとケンヂはいつの間にか、ビールの入ったグラスを掲げる。

「リスナーさんも一緒にー!」

「「カンパーイ!」」

二人は持っているジョッキをかつり、と合わせて乾杯をとる。

りゅうは、ゆっくりひと口飲み、ケンヂはぐびぐびと一気にジョッキ半分ほどを流し込む。

「美味ーい。」

「生ビールさいこー!!」

りゅうとケンヂはふたりで顔を見合わせると、にこーと笑みを浮かべる。

「んー……あ、そうだ。答え合わせしないとね。」

コン、とジョッキをテーブルに置くとゴソゴソとケンヂはスマホを取りだした。

「今いるのはー、ここ!」

ケンヂが、画面に地図を映し出す。

赤いピンが指していたのは、なんと奈良だった。

《奈良~~~~?!?!》

《湯布院とかじゃなくて、敢えての奈良》

《さすが、ケンヂくんのチョイス斜め上いってる!!》

流れてくるコメントの数々に、りゅうとケンヂは顔を見合せた。

「いや、ほんとにさ、ケンヂのチョイス。切符見た時2度見した。」

「りゅうー、もっと褒めてもいいんだよ?」

「褒めて……褒めてんのかこれは。」

りゅうは、奈良を選んだチョイスには、なにかまだ理由がありそうだと睨んでいた。

なぜなら、りゅうにも思いあたる節があったからだ。

でも、だからだと思う。

ふたりとも、まだ、その確信の場面には触れず、あっけらかんとビールを流し込んでいた。

「いや、でもさー、奈良だって観光地だし。」

「静岡、熱海、名古屋、伊勢とか色々あったじゃん。」

確かに並べられると有名どこの観光地だ。

「りゅうだってさ、薄々感じてんじゃないの?」

そのケンヂの含みのある言い方にコメント欄がザワザワする。

《りゅうくん何か知ってるってこと?》

《聞きたい!》

《ここまで言ったら話すでしょ?》




「うーんとさ、奈良を選んだのって実は意味があって。」

ケンヂがチラチラとりゅうの方を見ながら、口をゆっくり開く。

りゅうは敢えてなのか、「うーん。」と小さく返事をした。

「なんだよ。りゅうの、その反応。」

「いや、だってさ。言ったことあった?お互いにだよ?」

「何となく、空気ってか雰囲気で、りゅうだって分かってたんじゃなくて?」

「それは、今だからじゃないのか?」

《痴話喧嘩♡》

《てか、そこまで分かってるならりゅうくんも分かってるじゃん。》

その『分かってるじゃん』コメントをいつもなら、そんなにコメントを無視しないりゅうが、するりとコメントを流した。

それをケンヂが指摘しようとりゅうの指を掴んだところで、りゅうがハッとしたような表情を浮かべた。

りゅうも気付いてはいたのだ。

払われなかった指を、払われないようにケンヂは、ギュッと指を重ねると逃げられないように握りしめる。

「このまま一緒に話せば、直ぐにりゅうも間違えてないってわかるって。」

そんなことをいわれても、りゅうの首は左右にかすかに動き、頑なに自分からは言わないと言っているようだった。

「しょーがないな。」

ケンヂは、可笑しそうに笑うと背を丸め、頬杖をついた。

「実はさ、大人になってから知った話なんだけど。」

ゆっくり確かめるようにりゅうを見ながら話し始める。

「実はさ、奈良って俺らの修学旅行の場所のひとつで。」

りゅうは、その話が段々と確信に近づいてくると、ビールを口にする回数が増えていくが、ジョッキの中身はあまり減っていない。

ケンヂは、話しにくい、というよりは正しく伝わるように言葉を選びながら、ゆっくり話をしていく。

「もう、おなじみだと思うけど、俺らって幼なじみで……なんやかんや、高校も同じとこに行ってたんだよね。」

ケンヂは、話しながらも時折「合ってるよね?」と言いたげに、りゅうを見て、りゅうは答えるように小さく頷いた。

「なんか……図ったかは分からないんだけど、そんな瞬間があったら、りゅうに告白しようと思ってた。そんな瞬間があったら。」

「それは……ケンヂと同じように俺も思ってた。」

ちらりとふたりの視線が絡み合い、少し照れくさそうにふたりははにかむ。

コメント欄は、そんなふたりを見守るかのようになだらかだ。

「でもさ、告白はやっぱり当時はハードル高くってさ。りゅうもそうだったでしょ?」

「俺、もしケンヂが、高校から一緒の普通の友達だったらできたかも。」

「あーそっちね。」

ふたりが、しみじみし始めた、と言う空気を読んでか、コメント欄も動き始めた。

《確かにすごく仲良い幼なじみ失うかもって難しいよね》

《幼なじみ……罪だわ》

ケンヂは、しばらくコメント欄を見るのに、黙っていたが、不意に思い出したように口を開いた。

「あ、でもさ、りゅうからキスされたよな?修学旅行で。」

「ちょ、ばっ!お前、ケンヂ、何言い出すんだよ!」

「あ、その反応、りゅうくん覚えてるんですね~?」

「ちが、ちょっと待て!マジかよ、ケンヂ!!」

その瞬間弾けたのは、コメント欄だった。

《え、まってまって》

《脳内おいつかない》

《告白してないのにキス?》

《しかも、ケンヂくんからじゃなくて?》

《めっちゃりゅうくん慌てて可愛い》

《ちょ、くわしく》

ケンヂは、うなだれ始めたりゅうの腕を取った。

それでもりゅうは、振り払うことはしなかったが、答えることもしなかった。

「言ったら嫌だった?」

「嫌って言うか……ケンヂ、寝てると思ってた。」

「寝てた、んだけど……なんか、その時だけ意識あってさ。」

「は、」

「あー……今日は、もう話しすぎだな。じゃあ、次の配信は、帰りの新幹線で。」

ケンヂは、そういうと、りゅうの言葉を遮るように、コメントもあとを引かせないというように、配信を落とした。

「「……………。」」

しばらく、ふたりのあいだに沈黙が走る。

先に口を開いたのは、ケンヂだった。

「ごめん。ちょっと暴露しすぎた。 」

「なあ……ホントに起きてた?あの時。」

「うん……りゅうにキスされてるってはっきり分かってた。」


あの夜のことを、2人は鮮明に覚えていた。4人部屋の旅館にふかふかの布団が並べられ、何かを決めた訳では無いのに、隣に寝ることをどちらも勝手に先に決め、陣取っていた時のこと。

ケンヂが先にうとうとし始めて、りゅうが当たり前のようにケンヂに布団をかけてやっていたこと(盛大にからかわれた)。

電気を消したあと、同室のふたりがよくある抜けがけをしてどこかの部屋に行った時のこと。

起きているりゅうと、寝ているケンヂだけになった。


そこで、りゅうは、唇をかすかに触れさせるくらいの、遠慮の塊の口付けをケンヂにしたのだ。

本当にシチュエーション的には偶然は装えないが、バレてもいいわけができるものだった。

だが、ふたりはりゅうの本当にギリギリの理性に抗ってしたキスを偶然にも、いい訳にもせず、無かったことにした。

それを今の今まで、ふたりは笑い話にもせず、大切に持っていた。

「まあ。俺たちのエピソードとしては、配信で昇華するって、らしいと言えばらしいけど。」

りゅうは、配信でりゅうのなけなしの勇気を暴露したことを怒りはしなかった。

こうでもしなければ、ふたりだけでは話にもあげられなかったかもしれないと言うことを、りゅうも分かっていたからだ。

「あの、さ。」

ケンヂが、少し言いにくそうに照れくさそうに視線を外しながらりゅうの指に自分の指を絡める。

りゅうは、その手に視線をちらりと向けたあと「ん?」とだけ小さく聞いた。

「その時のさ、続き、しない?」

「……どんな続き?」

「………。」

ケンヂは、りゅうのそのちょっとした意地悪をするような目を見て、少し押し黙った。

「りゅう、こっち来て。」

「行くだけでいい?」

「……触って。」

りゅうがにこっと優しく笑ってケンヂの手を取った。

「りゅう。」

「ちゃんと言って。ケンヂ。」

「────。」

こそっと耳元で小さく言われた言葉に、りゅうもめを細める。

そのまま、早まる鼓動を重ねるように、ふたりはそっと口付けた。






そのころ、さきはスマホを前に放心状態だった。

全く知らなかった話ばかり最近聞いている。

「キスしたのかー…私も奈良行こうかな。」

「聖地巡礼」、と、さきは冗談っぽく言うと、優しくふっと表情をやわらげた。

配信を始めた頃は、配信もふたりの仲もたどたどしがったのに、今では触れ合うことが自然になっていて、お互いの気持ちを伝えることができるようになっている。

まだまだ子供っぽいところもあるふたりだが、ふたりともきっと、高校生の時よりお互いを優しく思っているのだろう。

「はあ、尊い尊い……。」

さきは、にやにやする表情を抑え込めないでいた───。


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