第6回 #半ミステリーツアー
「なあ、旅行行かない?」
「……ん?」
それは、たわいのない話を、何となくダラダラとしながら配信を終わろうとしていた時だった。
りゅうが、「まあ、じゃあ今夜は──。」と言いかけたところに、ケンヂが唐突に話をかぶせてきたのだ。
「ん?じゃなくてさ、たまには行きたくない?」
「んー、まあ。場所にもよるけど。」
ケンヂは、りゅうの微妙に乗り気なのか乗り気じゃないのか分からない返事に少し唇を尖らせるようにする。
「なんでりゅうは、乗り気じゃないの。」
「飛行機だったら嫌だから。」
「あー、りゅう飛行機ダメだもんな。」
「え、そうなんだ。」
きっちりかっちり配信をみていたさきは、思わず声を上げた。
幼なじみとは言え、さきはふたりより年齢も上。
いつもお姉ちゃん的ポジションにいたが、気付いたらそういったことは余り知らなかった。
(まあ、ふたりが実は好き同士だったとかは、知ってたら黙ってられたか分からないから……うん。知らなくていいこともあるよね。)
知らなくてもいいこと……があったお陰で、確かにふたりは幸せにしているのかもしれない。
「いや、あんなに揺れたらさ、嫌いになるよ。」
「俺が隣にいても?」
「逆に嫌だよ。そんなかっこ悪いとこ見せたくないし。」
りゅうの少し拗ねたような声色に、ケンヂはニヤニヤしながら顔を覗き込む。
「じゃあ、新幹線は?」
「なんだよ、その顔。」
「ほんとに行きたいんだよ。りゅうと一緒に。」
りゅうはケンヂの真っ直ぐな言葉を受け、少しの間ケンヂのことを見つめる。
しばらく見つめたあと、微かに下を向いた。
「……新幹線は、あり。」
「よし、じゃあ、今週の土日空けといてよ?」
「は?今週?!」
「ちなみに行先は、新幹線で行ける南の方。」
《え、なになに?もう行先決まってるってこと?》
《サプライズ?》
ケンヂは、コメントに流れて来る疑問にニヤッと笑った。
「そーでーす。りゅうに拒否されても連れていく予定でしたー。」
「ちょっと、相談しろよ。」
「半ミステリーツアーって楽しそうじゃねぇ?」
ケンヂは、さり気なくハッシュタグに#半ミステリーツアーを付け足す。
「半……ミステリーツアー?」
「目的地は教えないけど、何となくわかりそうってこと。」
そう言うと、ケンヂはにっこり笑ってりゅうの手を取る。
「楽しみに土日を待っててね。ダーリン。」
「なんか、怖いんだけど……。」
ご機嫌なケンヂとは、対照的に口元を引き攣らせて少し引いているりゅう。
りゅうは、あさっての方向を見て考えはしたものの、拒否はしなかった───。
「おはよーございまぁす!今日は何曜日だー?今日は駅スタートだよー。」
「朝からケンヂ、テンション高いな。」
「俺はね、今日熱い思いを胸に半ミステリーツアーに望んでますから。」
ケンヂが熱く語れば語るほど、ウキウキワクワクといったのが目に目に見えて分かるようになるほど、りゅうは一抹の不安を覚える。
と、言うのも切符も渡されていないため、まだりゅうはどこに行くのか知らないのだ。
「ところで、りゅうは行くとこ分かった?」
「いや、新幹線で行ける南の方なんか選択肢ありすぎだろ。」
「いや、でも、りゅうはわかりそうだけどな。」
りゅうとケンヂは、カメラで他人の顔を抜かないように、足元を写しながらケンヂの「右ー、左ー!」という言葉を頼りに駅構内を二人でガラガラとキャリーケースを押しながら歩いていく。
「あ、そーだ。駅弁買おー?」
「そうだな、駅弁いいな。」
ケンヂの言葉にりゅうが賛同しただけで、喜びを表すように、カメラにケンヂはピースサインを向ける。
「りゅうは、何食べたい?」
「押し寿司とかかな……。ケンヂは?」
「肉系?」
《わー、りゅうくんの押し寿司似合う》
《どっちも捨て難い!》
「押し寿司似合うって何?」
コメントをちらっと見たのであろうりゅうが笑っている。
ケンヂは、その問いには答えず、上を見ては、ふらふらと、どこかへ駅弁探しに行こうとしていた。
「こら、ケンヂ。前見て。」
「あー、ちゃんと人は見えてるって。」
そう言いながらも、あまり周り関せずのような視線の運びに、りゅうは少しだけ眉をしかめるとケンヂの腕を引っ張る。
「……俺を見て。」
カメラには、足元と、りゅうが掴んだケンヂの腕が映っていた。
小さいながらもしっかりと真っ直ぐなりゅうの言葉にケンヂは、りゅうの腕を掴み直した。
「仰せのままに。」
しばしの沈黙。
その沈黙に耐えきれなかったのは、りゅうの方だった。
パッと腕を離させると視線を泳がせる。
「ドキッとしたの?」
りゅうのそばにケンヂが寄ってきたのは見なくてもわかった。
りゅうも、リスナーも。
「したよ、ばーか。」
りゅうは少しだけ、目線を逸らしたあとで、ボソッと聞こえないように呟いたのだが、コメントは大荒れである。
《りゅうがデレたーー!》
《ヤダめっちゃ可愛い》
《貴重なりゅうデレありがとうー!》
「可愛い~。」
「ほら、いいから……あ、この弁当屋さん良くない?」
「ふーん、まあ、そういうことにしよっかな。」
ニヤニヤしながら、ケンヂは機嫌良さそうな表情を浮かべる。
それに対して、りゅうは何も言えなかった。
それでも、ふたりは色とりどりに並ぶ弁当を眺める。
「焼肉、やきにく、ヤキニク!」
「それしかないのかよ。」
「だって、りゅうは押し寿司だろ?」
「まあ、ねぇ。」
既にりゅうは、押し寿司を確保しようとしていた。
「ほらほら、りゅうはもう持とうしてるじゃん。」
「ケンヂだってもう決まってるんでしょ?」
「ちょぉー、もう無理ー。」
さきは、テーブルに突っ伏した。
まだ駅だと言うのに、このボリュームでは、さきの……リスナーの息がもたない。
「ええー、幸せだけど……無理……。」
まだ、りゅうとケンヂは駅弁のことで、あーだこーだ言っている。
「なんか、急に旅行とか言った割には、りゅうだって楽しそうじゃん。」
小さく笑って、さきは目を細める。
あれだけ、決める前はブチブチ言っていたのに、ふたりとも可愛いなぁ、とさきは配信を見ながら思う。
ふたりは無事に駅弁をゲットすると、新幹線の構内に入っていく。
「はい、こっちでーす。」
「……確かに南だな。」
新幹線の構内掲示板を見て、りゅうは察しがついたような声を上げた。
「じゃあ、とりあえず、配信はここまで!」
「え?」
「あとは、また新幹線の中でねー。」
そうケンヂは言うと、りゅうに挨拶もさせずに配信を切った。
残ったのは、リスナーのザワザワした感覚。
それはもちろん、さきも。
「次の配信いつだろ……。」
告知すらしなかったふたりのことを思うと、さきは深い息を吐いた。
「目的地、分かった?」
配信の画面をアーカイブには残さずに閉じると、ケンヂはりゅうを悪戯っぽく見つめた。
「うーん、まあ……なんとなくは。」
新幹線の表示板には、『東海道新幹線』の文字。
「でも、確信は無い。」
「じゃあ、それもお楽しみってことで。」
ケンヂは、明るい笑顔でさらと言うと、りゅうの隣に座った。
「ケンヂは、配信する予定でいたの?」
「もーちょっとしたら。駅弁の配信だけして、あとイチャイチャしよ?」
「……新幹線だからな。」
りゅうがふぃっとケンヂから視線を逸らすと、ケンヂは周りに気づかれないように、緩く指をからませた───。
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