第三話:計算外れの大火事
活気あふれる港町ポルト・マリーノ。アンナは貿易商ボルジアの倉庫に狙いを定めていた。計画は完璧なはずだった。しかし、倉庫に仕掛けた火は、予期せぬ大爆発を引き起こした。ボルジアが倉庫に違法な火薬を溜め込んでいたのだ。
『アンナ、逃げな!これは手に負えない!』
おばあちゃんの絶叫が響く。爆風で飛び散った火の粉が、木造の街並みを次々と舐めていく。アンナの計算された「火」ではない。これは制御を失った、ただの暴力的な破壊だ。
初めて感じる、自らが引き金となった恐怖と罪悪感。人々が逃げ惑う中、アンナは燃え盛る民家の窓に取り残された一匹の黒猫を見てしまった。かつて、誰にも助けられず、すべてを諦めた自分自身の姿が重なる。
「…っ、必要経費よ!」
アンナは自分に言い聞かせ、炎の中に飛び込んだ。売り物の消火器を惜しげもなく使い、火の道を切り開いて猫を救い出す。その時、懸命に消火活動を行う一団の中に、見覚えのある青年がいることに気づいた。ブリッツェンで出会った、あの青年消防団員だ。彼の真摯な眼差しが、アンナの胸をちくりと刺した。
幸い、青年は灰まみれのアンナには気づかなかった。アンナは彼の視界から逃れるように、猫を抱いてその場を去る。
結局、儲けはゼロ。商売道具も失った。だが、腕の中には小さな温かい命があった。
「あなたも、計算外だったわね」
アンナはその猫に「アンバー(燃え殻)」と名付けた。それは失敗の記憶であり、そして彼女が初めて自分の意思で「守った」ものの証だった。
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