ナンパの極意

タピオカ転売屋

第1話

 あたしらの若い頃は、スマホもインターネットもございませんでしょう。

 だから、女の子と出会おうと思えば、手段はナンパしかなかったんですな。

 まあ、あたしらの年代でナンパをやったことのないヤツなんて、まずおらんでしょうな。


 当時、あたしの地元で有名なナンパスポットは二つありましてね。


 ひとつは、開発途中の埋立地でしてね。広い碁盤の目のような道路だけが出来上がってる場所ですわ。

 そこには、いわゆるナンパ待ちの女の子たちが車で乗りつけて、路肩に停める。

 すると男共の車が横につけて、話がまとまればお互いの車に乗り換えてドライブを楽しむ――という寸法ですな。


 ただ、さっき言ったように、相手はナンパ待ちの女の子ですからね。

 言葉は悪いが、釣り堀の魚を釣ってるような味気なさがある。

 釣り堀の魚を釣って、魚拓にするヤツは居ませんでしょ。


 だから、あたしがよく通ったのは、もうひとつのスポット――街の中心部にある公園です。

 これがまあ、ロケーションがいいんですわ。駅と繁華街を結ぶ途中にあって人通りも多い。

 しかも市民の憩いの場ですから、昼でも夜でも、何かしらドラマがある。

 あたしはもう、毎日のように通ってました。


 もちろん、ここにも商売敵――いや、ナンパ目的のけしからん野郎たちが何人もおりましてね。

 最初は目も合わせません。「あの野郎、また来てやがる」って感じですが、

 こっちが調子悪くてベンチに座ってタバコでも吸ってると、缶コーヒー片手に寄ってきて、

「今日は、どうっすか?」なんて言いながらコーヒーを渡してくる。

 そうやって、だんだん仲良くなっていくんですな。


 ああ、ご安心くださいよ。「実は…オレ…お前のことが…///」なんて話じゃございませんからね。


 さて、皆様。

「ナンパの極意」ってご存知でしょうか?


 これはねぇ――女の子の足をいかに止めるかなんです。

 女の子が足を止めたら、ナンパは八割方成功したも同然です。


 じゃあ、どうやって足を止めるか?


 そりゃあね、背が高くて顔が良い、そんなイケ好かないヤツなら簡単なんでしょうが、

 あたしらはそうはいきません。


 とある野郎なんかは、女の子の前に「大変!大変!」って言いながら走り込んで、

 女の子が「どうしたんですか?」と足を止めると、

「お嬢さん、お茶しませんか?」――ってナンパする。


 別のヤツは、調子に乗って通せんぼして警察沙汰になったり。

 まあ、あたしら毎日のように、ない知恵を振り絞っては試行錯誤してたもんです。


 そんなある日、ふと思いついたんですな。

 女の子にこう話しかけてみたんですよ。


 ――「ねぇねぇ、UFO見たことある?」


 これが、まさかの大当たり!


 こっちが驚くくらい、女の子の足が止まるんです。

 反応はたいてい「えっ…UFO?」「UFOとか、ウケるんですけどw」なんですがね、

 とにかく足が止まる。


 足が止まりゃ、こっちのもんです。

 あとは喋り倒せば、だいたい何とかなる。


 それ以来、ナンパの成功率は格段に上がりましてね。

 ナンパ仲間の間でも、あたしはちょっと一目置かれる存在になったもんです。


 その日もいつものように、伝家の宝刀を振るってナンパに勤しんでたんですがね。

 とある女の子の前で、いつもの決め台詞――

「ねぇねぇ、UFO見たことある?」

 とぶちかましたんですな。


 すると――


「ありまーす!」


 って、驚くぐらいの大声で叫んだんですよ。

 まさかそんな返事が返ってくるとは思いもしませんでしたね。


 こっちは面食らって、しばらく言葉が出ませんでしたよ。

 すると女の子が畳みかけるように、

「アナタはどこで見たんですか? 私は山の中腹で! あっ、あの辺りにUFOの基地があるんですけど、あっ三年前の新潟の件って本物だと思いますか? 私は疑わしいって思ってて!」


 ――まぁ止まらないこと止まらないこと。


 で、こっちは頭の中でずっと引っかかってるんです。


 三年前の新潟の件って、何?

 有名なヤツなの? 知らないけど。


 こりゃ、エライことになったなって思いましたよ。


 ただね、ナンパの流儀ってご存知ですか?

 ナンパのマナーとも言いますがね――

一度、声をかけた女の子は、最後までお相手をするべし

 これが我々『クソナンパ野郎』の、唯一の矜持でございますよ。


 声をかけといて、気に入らないから「それじゃ」なんて、我々の風上にも置けません。

 こんな事してる間も彼女の話は止まりません。


 でもね…もし、もしも皆様がね、UFOを見たとしたらどうですか?人に話したところで胡散臭い目でみられるだけですよ。

 そう思っていたら、「ねぇねぇ、UFO見たことある?」なんて声かけられてごらんなさい。

 そりゃあ我も忘れるってもんですよ。


 あたしは、とにかく彼女に「落ち着いて話したいから少し歩こう」って提案したんですな。

 そしたら彼女、憑き物でも落ちたように大人しくついて来るんですよ。

 でね、あたしも歩きながら思ったんです。

 ――なんだか、この子、妙に愛おしいなって。


 ……まあ、それが今の奥さんなんですがね。


 ……ウソです!ウソ!

 調子乗りました、すんません!


 …とにかく!ですな、近くのホテルまで歩いて行ったんです。

 ああ!そういうつもりじゃありませんよ!

 落ち着いた場所のほうが良いかな~って思って…

 それが…ホテルの部屋についた途端ですよ、彼女の畳みかけるような喋りが始まったんです。


 あたしも毎日のようにナンパしてますからね、喋りには自信があるんですが彼女が喋ってる間、相槌すら打てなかったですよ。


 それから妙に気になる事を言い始めてね、「宇宙人は精神生命体なのね、だからUFOに乗るためには、この物質が邪魔なの。」

 ん?物質?…身体のこと?

「そう、だから私達はこの身体を脱ぎ捨てないと駄目」

 ぬぎすてる…身体を?

 ごめんなさい。どういう事?

「アナタも判っているはず、私達は選ばれたって事がね」


 ああ、そっか……この子、あたしがUFO見たと思ってるんだ。

 誤解を解こうとしたらさ……彼女、自分のバッグから何か取り出したんだよ。


 ……包丁、なんだよね。


 最初は冗談かと思ったんだ。

 でも、蛍光灯の光が刃先でチラッと反射して、スッと――血の気が引いた。


「アナタも、見たんでしょ?」

 彼女の声が、妙に静かでさ。

 さっきまであんなにまくし立ててたのに、急に、囁くみたいになってる。

 笑ってるのか泣いてるのか、顔が影になっててよく見えない。


「私たちは、選ばれたの。だから……この身体を脱ぎ捨てるの」


 ――その瞬間、バッと立ち上がって、振りかぶったんだ。


 光が走った。

 何が起きたか、頭が追いつかない。

 ドッ、という鈍い音がして、胸の奥で熱いものが弾けた。

 息が詰まる。

 血の味が広がる。


 女の子の顔が、真上から覗き込んでくる。

 その目が――ぜんぜん人間の目じゃなかった。

 黒目が広がって、光を吸い込んでるみたいで。

「もうすぐ来るの、迎えが。アナタも一緒に行ける」

 そう言って、うっとり笑ったんだよ。


 ……そこから先は、あんまり覚えてない。

 気がついたら病院のベッドの上で、医者と警察に囲まれてた。

 彼女は?って聞いたら――「誰もいなかった」って。

 ……まあ、生きてただけでも、めっけもんだよ。


 えっナンパ?

 ナンパは、さすがに卒業したよ。


 今は、スマホがあるからね。

 出会いは画面の向こう。

 UFOも、包丁も、あの公園も

 今では良い思い出ですな。


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ナンパの極意 タピオカ転売屋 @fdaihyou

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