第3話 ドローン購入

 探索者専門店に入り四階まで階段で上がると、お目当てのドローン専門コーナーが見えてきた。


「いらっしゃいませ! 何かお探しですか?」


 店に入ってすぐに若い女性店員に声をかけられた。


「あっ、あっ、お、お構いなく」


 若い女性はハードルが高い。俺は逃げるように店員から離れ、人の少ないところへ向かう。


(ふう、危なかった。だけど、ドローンを買うとなったら店員と話さないといけないからな。今から覚悟を決めておこう)


 普通の人では考えられない覚悟を決めて、俺は店内を歩き回る。なるべく人とすれ違わないように。


 さすがにドローン専門店だけあって、ピンからキリまでたくさんの機体が置いてある。安いのでも二十万円、お高いのになると一千万円ほどするものもあるようだ。


 商売に使うとなると、あまり安いものにするわけにはいかない。とは言え、出せるお金にも制限がある。今後の生活費とかも考えると、五十万円くらいの機体が望ましいが……


 一通り見て回り、予定通り五十万万円ほどの機体に決めようかと思ったとき、レジの横に目立たないように置いてあるドローンが目に入った。


(こ、これは?)


 全長一メートルほど。黒い機体には通常の四枚のプロペラの他に、さらに四枚の小さな補助プロペラがついている。カメラも二台ついていて、一台は望遠対応、もう一台は三百六十度撮影可能のようだ。


 最高速度は脅威の時速二百キロメートル。補助プロペラを操作することで、小回りもきく。ひょっとしてこの店で一番高性能な機体ではなかろうか。なぜこんな目立たないところに置いてあるのか。


 近くによって恐る恐る値段を確認する。


(えっ!? ひゃ、百万円!? 安い、安すぎるぞ?)


 ものすごい高性能なのに、お値段なんと百万円。あまりの安さに、ゼロの数を何度も確認してしまった。しかし、何回見てもゼロは六個に見えた。


 見れば見るほどこいつに惹かれていく自分がいる。どうしもこの機体が欲しくなった俺は、覚悟を決めておじさんの店員に話しかけた。


「あ、あの、こ、こ、このドローン……」


 やはり、冷静なときに他人と話をするのは難易度が高い。言葉が上手く出てこない。


「ああ、こいつか。こいつはちょっと訳ありでね。実は……」


 だが、この店員は俺が指を指しただけで何を聞きたいのかわかってくれたようだ。よかった、ベテランっぽい店員を選んだかいがあった。


 この店員によると、このドローンはとある企業が話題作りのために制作した機体だそうだ。ドローンの性能を極限まで高めた一品だったのだが、あまりの操作の難しさに扱いきれる者がいなかったのだとか。

 特にダンジョンは外部からの電波は届かない。近くで操作をしなければならないのだ。その上、ちょっとでも離れて電波が途切れてしまったら、どこへ行くかわからない、とんでもない暴れん坊なのだ。さらにカメラもこの機体に合わせた特注で、他のドローンに移すこともできない。

 長年買い取り手がおらず、古い機体になってしまったのもこの安さの原因のようだ。


 しかしだ、話を聞けば聞くほどこのドローンが俺にぴったりだという気がしてきた。何せ俺のジョブスキルは『ドローンを意のままに操る』だ。スキルだから電波が途切れる心配はないし、コントロールミスもない。俺ならばこのドローンを制御出来るのではなかろうか。


 動力も、バッテリーと魔石のどちらでも動かすことが可能という優れものだ。バッテリーが切れても、現地で魔物を倒して手に入れた魔石を入れれば動くのである。


 値段は百万円。予備のバッテリーやメンテナンス道具、ケースなんかも買うとほとんど手元に残らない。生活費がなくなってしまうが、もう俺はこいつに決めていた。


「こ、こ、これください」


「えっ? お客さん私の話聞いてました? これはプロの操縦士でも扱いきれない機体ですよ? それでも買うんですか?」


 テンポの速いやりとりは苦手だ。俺は返事の代わりに首を縦に振って答える。


「いや、お客さんそれでいいならこちらは文句はないんですが、こいつは返品出来ませんよ? それでもいいんですね?」


「ああ」


 念を押してくるベテラン店員に短い言葉で返事をする。彼は諦めたように購入の手続きを始めた。その様子を見ながら頑張って、周辺機器も揃えて貰えるようにお願いした。


 全部合わせて百十五万円。こんな大金を一度に払うのは初めてだったから、手が震えてしまった。ここに来る前に銀行で下ろした現金を使い一括で支払いを済ませ、ケースに入ったドローンを受けとる。全長が一メートルほどあるので、ケースもかなり大きい。嫌でも人目を引いてしまう。


 俺は人々の注目を浴びながら電車の乗り込む。車があれば目立たずに済んだのだが、ないものをねだってもしょうがない。それに、俺は母さんを治すために上級回復薬を手に入れなければならないのだ。こんなところで立ち止まっているわけにはいかない。早く帰って準備を進めなくては。


 その強い思いを胸に自宅へと急いだ。



 ▽▽▽



「おかえり、お兄ちゃん」


 夕方過ぎに家に着いたときには、妹の海美が出迎えてくれた。やっぱり昨日のことが堪えたのか、少しやつれて見えた。


「ただいま、夕ご飯はちょっと待ってもらえるか?」


「大丈夫だよ。もう出来てるからお兄ちゃんも食べて」


 なんと、妹の海美が夕ご飯を作って待っていてくれた。海美も母さんが倒れてから、自分にできることを見つけて頑張ってくれている。そのけなげな姿に応えるためにも、この仕事は成功させなければならない。


 俺は海美が作ってくれたカレーライスを食べながら、覚悟を新たにするのだった。




「さて、まずは色々準備を整えるか」


 夕食を食べてすぐにパソコンに向かう。ドローンの所持を国に登録しなくてはならないのだ。ダンジョン配信者が増えてから、ドローンに関する法律がかなり細かく整備された。まず、ダンジョン内は自己責任で申請しなくてもドローンを飛ばすことができる。さらに、外でドローンを飛ばすための許可もネットで申請すれば十分もしないうちに結果が送られてくる。


 俺の家は高尾山のふもとにある。都心へのアクセスもいいし、裏には大自然が広がっている。ドローン飛ばし放題だ。


 ネットでドローンの所持を登録し、すぐに飛行許可の申請を行なう。本当に十分もしないうちに結果が送られてきた。明日の高尾山とその周辺の空き地の飛行許可をゲットした。


 その夜ドローン関連の動画を見まくっていた俺は、珍しく興奮していたせいかなか寝付けなかった。



 ▽▽▽



 翌朝、学校へと向かう海美を見送った後、俺はドローンケースを背負い自転車にまたがる。ちょっと漕げばすぐにお目当ての空き地へと到着した。そこでケースからドローンを取り出し、地面に置く。おっと、先にステータスを確認しておくか。


 覚醒したものは自分のステータスを見ることができる。俺は久しぶりに自分のステータス画面を開いた。


名前 空峰操太

ジョブ ドローン操縦士

レベル  1

体力  12

魔力   0


スキル

ドローン接続


 ステータスで確認出来るのは、名前、ジョブ、レベル、体力、魔力、スキルだけだ。自分のスキル欄にドローン接続があるのを確かめる。しかし、体力も魔力も全然ないな。これも俺が探索者の道を諦めた理由の一つでもある。俺もレベルを上げることができればステータスは上がるのだろうが、難しいだろうな。


 淡い期待を自分で戒めつつ、覚醒してから初めてジョブスキルを使ってみた。


「ドローン接続!」


 ドキドキしながら使ったスキルはすぐにその効果を発揮した。ドローンと繋がった感覚がしたかと思うと、目の前にスクリーンが二つ現れた。一つは望遠対応のメインカメラ、もう一つは全方位対応カメラの映像だ。


 これは俺が得意のゲーム画面とほぼ一緒だ。二画面同時の経験は少ないが、慣れればなんとかなるだろう。


 俺は頭の中でドローンのスイッチを入れる。


 ヴン


 低い音がしてドローンが起動する。本当に意識するだけで動かすことができた。どういう仕組みになってるのだろうか。


 遠隔操作に慣れるためにスクリーンを見ながら操縦する。ドローンをふわりと浮かせ、右へ左へ、上へ下へと動かしてみる。


(うん、本当にイメージ通りに動かせるな)


 次は離れたところへ移動させてみる。高尾山の頂上目指して飛ばしてみた。


(おお!? 速い!)


 さすが最高速度時速二百キロメートル! ぐんぐん遠ざかっていく。高尾山の頂上に到達してからは、少し慎重に山の裏側へと動かしていく。俺の予想だと、俺のスキルは電波に関係なく操作出来るはずだ。それを確かめるためにも、山の裏側で動くか確かめてみたいのだ。


(よしよし、やっぱり電波は関係ないみたいだ)


 山の裏側どころか、木々の間、ちょっとした空洞なんかにも入ってみたが問題なく操作出来た。あまりに面白かったので、昼ご飯も食べずに夢中になってドローンを操縦していた。


 スキルの性能を十分に確かめた俺は、ドローンを戻し丁寧に拭いてからケースに入れる。行きと同じようにケースを背負って自転車にまたがる。これなら十分仕事になりそうだとウキウキしながら、自然とペダルを漕ぐ足にも力が入っていた。

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