第2話 人生の転機

「お気の毒ですが、内臓がかなりやられています。特に血管のダメージが酷く、いつどこが破れてもおかしくない状況です。最善は尽くしますが、二年もてばいい方かと……」


 二時間ほど病室の前で待っていた俺に、医者が非情な現実を突きつける。


「えっ? じょ、じょ、冗談、です、よね?」


 突然の余命宣言にうろたえる俺。横で聞いている海美も口をぎゅっと結んで涙をこらえている。だけど、その姿を見た俺は少し落ち着きを取り戻す。俺がしっかりしなければ。


「もっと早く来てくれれば助けられたんだが……」


 目の前の医者の残念そうな顔が、決して冗談ではないことを物語っていた。


「そ、そんな……なにか、なにか、方法はないんですか?」


「現代医学では難しい。だが、希にダンジョンから持ち帰られる回復薬ならもしかしたら……」


「な、治るんですか!? も、も、もしそれで治るなら買います! う、売ってください!」


 しかし、俺の必死の訴えに医者は首を横に振る。


「残念ですが、普通の回復薬では効果がないでしょう。上位の回復薬なら可能性はありますが、この病院には置いていません。手に入れられるとしたら、上位ランクの冒険者に頼むか、オークションで競り落とすか……どちらにしろ、数千万円以上というお金がかかるはずです。あたなにそれが払えますか?」


 医者が提示した予想外の金額に固まる俺。数千万円? 働いてもいない、貯金もない、ぎりぎりの生活を送っていた俺達にそんな金払えるわけがない。だからといって、諦める選択肢もない。


「お、お金は何とかします。か、か、母さんをお願いします」


 俺の根拠のないお願いに、医者は深く息を一つついてから頷いた。


「とにかく、できる限りのことはやっておきましょう。だけど、必ず二年もつという保証もないのです。できるだけ、早く手に入れた方がいいでしょう」


 くそ、わかってはいるがハードルを上げてくれる。だが、やるしかない。そうとわかればこうしてはいられない。すぐに行動に移さなくては。


 まず俺は海美と一緒に意識を取り戻した母の元へと向かった。



 ▽▽▽



「か、母さん、そ、その、迷惑かけて、す、すまない」


「お母さん大丈夫?」


 俺達は先ほど医者から言われたことは内緒にしようと決めている。これ以上、母さんに心配をかけるわけにはいかないから。しかし、妹の海美の方が落ち着いてるな。しっかりしろ、俺。


「何言ってんの、母さんこそごめんね。ちょっと疲れがたまっちゃっただけだから、すぐに治して帰るから、ちょっと待っててね!」


 明らかに顔色が悪いのに、気丈に振る舞う母さん。危なく涙がでそうになった。だけど、ここで泣いてしまっては母親に容態が悪いことがバレてしまうかもしれない。あふれそうな涙をグッとこらえて、自分の考えを伝える。


「お、俺、大学止めて働くよ。にゅ、にゅ、入院費もかかるし、いつまでも引きこもっていられないよな。ははは」


 努めて明るく、笑顔で話しかける。海美も頑張って笑顔を作っている。


「えっ? どうしたの急に? あのね、よく聞いて。大学は止める必要ないわ。黙っていたけど、あんたの学費はあんたの父さんが払っているからね。

 それに、あんたの養育費として毎月送られてきているお金を貯めてあるから、しばらくの生活費としてそのお金を使いなさい。通帳のある場所はわかるわね。お母さんの印鑑がある場所も。

 本当はあんたが卒業するときに、まとめて渡そうと思ってたんだけど……大事に使いなさいよ」


 知らなかった、父さんがお金を送っていただなんて。俺には全く無関心だったのにな。金だけ払って責務を果たした気になってるのか? あの男ならやりそうだな。


 俺は母さんにゆっくり休むように伝えて病室を出た。その途端に堰を切ったように溢れ出る涙。横を見ると海美も同じだった。絶対に死なせない。こんな俺を今まで大事に育ててくれたのだ。ここで頑張らねば俺は一生後悔するだろう。


 部屋の前で涙を拭いて、俺達は早足で病院を後にした。



▽▽▽



「確かここにあったはず……あった!」


 家に帰って早々、押し入れの中の引き出し突きの小物入れをあさる。その中に俺の通帳と母さんの印鑑を見つけた。もうすでに朝になっているが、海美は昨日の晩から寝てないから今日は学校を休ませて部屋で寝かせている。


「どれどれ」


 ちょっと緊張しながら通帳を開いた。


「おお、結構入ってるぞ! ええと、ひい、ふう、みい、百二十万円か!」


 通帳の中にはかなりの金額が入っていた。月に一万円として一年で十二万円、十年で百二十万円だ。母さんはほんとうに一円も使うことなく貯めていてくれたんだな。けど、上級回復薬を買うには全く足りない。


 こんな状況になった以上、ジョブでも何でも使って金を稼がなくては。


 そこで俺は考える。どうすれば、二年以内に数千万円もの金を稼げるか。普通に働くのは論外だ。そんな楽な商売などない。


 となると、やはりダンジョン関連の仕事しかないな。かといって戦闘はできない。なにせ俺のジョブスキルはドローンを意のままに操るだけだから。


(うーん、どうすればいいんだ……)


 いい案が思いつかない。戦わずしてダンジョンで稼げる方法か……


 うんうん唸りながら考えているとき、ふと目の前にあるパソコンが視界に入った。


(あっ!? あった! この方法なら上手く稼げるかもしれないぞ!)


 俺は二年で数千万円を稼げるかもしれない仕事を思いついた。それはダンジョン配信者のカメラマンだ。確かに上位ランクの配信者はAIで動くドローンを所持しているパーディーが多い。しかし、そういったドローンは金額もそれなりにする。中堅のパーティーくらいまではレンタルドローンを使っているのがほとんどだ。


 だがレンタルドローンはリスクも大きい。AIドローンはそれなりに望遠機能もあるが、魔物の攻撃を避ける機能は備わっていない。だから、遠くから撮影させるのだが、それだと臨場感あふれる動画にはならないし、運悪く壊されてしまうことだってある。


 それに、何度もレンタルされることでガタがきてしまっているものもある。素人がそれを見分けるのは難しい。そんなドローンに当たってしまえば、普通に使っていても壊れてしまう。そうなれば、多額の弁償金を払わされることになるのだ。


 だから、最初に安いドローンを買って仲間の一人に操縦させるパーティーもあるのだが、戦闘には参加できない上にそいつにも報酬を分けなければならない。


 そこに目をつけた俺は、こちらでドローンを用意し、遠隔で操作しながら撮影を行う商売を考えたのだ。ダンジョンの中と外では電波は繋がらないが、俺はスキルで動かすことができる。おそらく、遠隔操作でも問題ないだろう。


 しかも、俺のジョブスキルはドローンをに操ること。戦闘機ゲームの腕前がプロ級な俺なら、性能がいいドローンさえ手に入れば魔物を避けながら撮影することだって可能なはず。


 それに、希望があれば編集まで引き受けてもいい。まだ父さんがいた頃に買ってもらった、そこそこの性能のパソコンがある。型は古いけど容量は悪くない。その辺の知識や技術だって十分にある。


 よし、そうと決まれば早速、ドローンを用意しなければ。幸いなことに、お金はある。百二十万円あれば、結構いいドローンが買えるはずだ。


 俺は家に置いてあったカップラーメンを食べて、海美のためにおにぎりを作る。それから、今後の予定を考えながらいったん眠りについた。



 ▽▽▽



「よし、今日から俺は生まれ変わるんだ。母さんのためにやるぞ!」


 昼過ぎに起きてきた俺は、ドローンを買いに行くために外出を決意する。だが、気合を入れてみたはいいもののいざ靴を履いて、玄関を出ようとして固まってしまった。


「大丈夫お兄ちゃん?」


 海美が不安そうに声をかけてくる。


 昨日はパニックだったから、救急隊員に言われるままに病院へと行ったが、今日は違う。自分の意思で家を出なければならないのだ。


「大丈夫だ。海美は何も心配しなくていいぞ。お兄ちゃんは出かけてくるから、しっかり鍵をかけて誰か訪ねてきても出るんじゃないぞ」


「うん」


 震える手でドアを開ける。眩しい光が入ってきて、瞬間的に眉を細める。外を見た途端、部屋に戻りたいという強烈な欲求に襲われるが、海美の存在が俺を思いとどまらせる。俺は鉛のように重たい足を一歩一歩前に運びながら、ゆっくり時間をかけて家の外へと出た。


(出てしまえば、割と大丈夫なんだな)


 家を出るのは辛かったが、いったん出てしまえば意外と普通に行動できた。駅までの道のりを歩いていると、大学に入りたての頃を思い出す。あの頃景色は同じだ。隣には誰もいないけどな。


 俺は電車に乗り、町中にある大きな探索者専門店を目指した。ジョブに覚醒することを夢見ていた高校生のとき、幼馴染と下見に行ったことがある。その時の記憶をたどりながら、なるべく人混みを避けるように移動していく。


 そういえば、あいつは今頃何をしてるかな? 確か『双剣士』のジョブに覚醒して、探索者になったんだったよな。


 そうだ。俺の考えた仕事がやっていけるかどうか、あいつのパーティーで試させてくれないかな? 上手いことドローンを手に入れることができたら、頼んでみるか。


 電車を降り、そんなことを考えながら歩いていると、ついに目的地にたどり着いた。

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