第5話 対魔安全保障局

 対魔安全保障局D S Aの本部は二メートルほどの壁に囲われている。正面にある正門以外で出入り出来る箇所はなく、正門には拳銃を携帯した警備員が五人もいた。


 トバリは警備員の一人に、身分を示す対魔安全保障局D S Aの手帳を見せる。


「そちらの方は?」


 警備員はおれを目で示しながら問う。

 他の警備員たちも警戒しているようで、正門横に建つ詰め所的なところから一人、二人と警備員が出てくる。


「監査対象だ」


「監査対象………そのような情報は受けておりませんが、一度確認してみます」


 そう言って、詰め所へ踵を返そうとする警備員をトバリは呼び止めた。


「必要ない。私の独断で、上に報告もしていない」


「ど、独断、ですか………」


 困ったように眉を曲げる警備員は、詰め所から出て来た他の警備員へ状況を説明し始める。警備員同士の話し合いは数十秒ほどで決着がつき、さっきとは違う警備員がトバリに言う。


「強行班とは言え、規則は守っていただけないと困ります。彼を通すわけには」


 いかない。

 そんなことを言おうとしたのだろうが、また一人、詰め所から小走りで出て来た警備員が言葉を遮った。


「彼を通していいと、局長から今報告が」


 一瞬の静寂が明けると警備員の言動は一転し、正門が開き始めた。


「監査対象って聞いてないんですけど」


「君が人間か悪魔なのか。監査する必要があるだろう」


「どっからどう見ても人間ですよ」


「この先も人間でいられるとは限らない。それに、君はその悪魔の力を制御できない。放っておくのは危険だ」


「おれのためってことですか」


「捉え方次第だ」


 嘘でもそうだと言ってくれれば、監査対象という言葉も優しく聞こえてくるというのに。彼女にそんな配慮を期待するのは無駄なのかもしれない。


 正門を抜けた先、真っ先に目に入ったのは円形の噴水。対魔安全保障局本部の建物は敷地外からでも見えるが、噴水は壁を越えて見えるほどの大きさじゃない。


 また時代を感じさせるガス灯が噴水を照らし出し、旧都庁を居抜いた対魔安全保障局本部の外観様式と相まって、時代を一つ遡ったかのような感覚になる。


「電気だよな……」


 とは言え、ガス灯の明かりは電気だし、すれ違う保障局の職員が携帯電話を耳に当てていたりと、見れば見るほど現代へ引き戻される。


 対魔安全保障局本部内も内装は完全にリフォームされ、旧都庁の面影を残しているのは外観だけだ。


「おう、トバリじゃないか、久しぶりだな。強行班は解散したって聞いたが、戻って来たのか?」


 男がトバリに声を掛けてきた。

 保障局の職員たちは明らかにトバリを避けているようだったが、三白眼の男は違うらしい。


 そもそも、職員ではないのだろう。

 保障局職員の制服を三白眼の男は身に付けていない。


 トバリは170後半くらいあるおれと同じくらいの背丈があり、女性にしては背が高い。しかし、三白眼の男はさらに高い。190センチとか、それくらいありそうだ。


 おまけに服越しでも分かるくらいに大胸筋や上腕二頭筋が発達し、ガタイの良さが際立っている。見るからに職員じゃないし、職員じゃないとすればトバリと同じ悪魔狩りか。


「解散?そんなの聞いてないけど」


「解散したんじゃないかっていう噂的なやつだ。事実、おまえはここに顔見せてないだろ。刈野の件は、まぁな………」


 三白眼の男は歯切れ悪く、何を話しているのかも分からない。


 だが、そう言えば刈野で何があったのかについて聞けていなかった。三白眼の男も刈野の件と口にしていた感じ、少なくともトバリは関わっているのだろう。


 何も答えないトバリを他所に、三白眼の男は守護霊のように背後で息を潜めていたおれに目を落とす。


「未成年に手を出すのはマズイぞ。これでも、昔は法の番人をしてたからな。知り合いだからって見過ごすことはできん」


「彼は監査対象」


「じょ、冗談だろ、冗談……殺気を向けるなよ」


 よくもまあ、そんな冗談を言えるものだ。

 数時間そこら一緒にいるだけのおれでも、トバリに対してそういった類の冗談は禁句だと察している。


 トバリの殺気から背を向けるように三白眼の男は立ち位置を変え、おれの正面に立つ。


「対魔行動二班のサカガキだ」


 所属と名前を言い、右手を差し出してくる。

 自己紹介と握手を求められているのは明白で、無視するわけにもいかない。


「シロウ・ハルキです」


 名乗って、差し出された手を握る。

 握手しているのだが、サカガキの手が大きいせいで包まれているみたいだ。


 おまけにごつごつしている。

 本気で握れば、おれの手なんて簡単にへし折れるだろう。


 そう。

 握れば。


 不思議なことにサカガキは握手する手を握り返して来ないのだ。今はおれが一方的に握っているから、握手という体裁が保たれている。


「そういうことか」


 サカガキが低く、ぽつりと呟いた。

 同時におれは込めていた握力を緩め、手を離そうとしたのだが、遅れてサカガキが強く握り返してきた。


 圧迫感はあるが、痛いわけじゃない。

 探るような視線を浴びせられ、おれは助けを求めるようにトバリの方へ目を逸らした。


「腕だけ悪魔に乗っ取られたのか?」


「おれも、よく分からなくて………」


「魔人予備軍って言ったところだな。トバリ、どうするつもりなんだ?」


 別の悪魔狩りから見ても、やはりおれは魔人になりかけている状態なのか。


 あの黒炎は別として、意識はまだはっきりしてるし、身体だって自分でちゃんと動かしている自覚はある。


 だから、魔人になりかけてるなんて微塵も思わない。


「私が決めることじゃない。彼が決めること」


「おれが、決める……?な、何を?」


 ここまで連れて来ておいて、おれが決めるとはどういうことなのか。聞き返すが、トバリは答えを返さない。


 代わりにサカガキが口を開いた。


「身のふり方ってやつだ。悪魔と関わった以上、普通の生活には戻れない。そういうことだ」


 サカガキははっきりと言い切った。

 普通の生活を送るという身のふり方を選べないとなると、おれに残された選択肢はどれだけあるのだろうか。


 真っ先に思い付くのは魔人として処理されることだ。実際、処理されかけた。


 あとは、悪魔の腕を持つ人間として人体実験されたり、危険人物として死ぬまで隔離されるとか。


 思い付くのはどれも最悪な身のふり方だ。

 それに、どれもおれが決めるとか全く関係ないような気がする。


「まぁそうだな。、別れはしないでおくぞ」


 サカガキから右手が解放される。

 そしておれの肩を力強く叩き、去っていく。


 トバリもすぐに歩き出す。

 ただ、おれの足は動かなかった。


 今日はいろいろと有りすぎた。

 原因は悪魔を殺すとか言ったおれにあるのだが、それにしても過分な仕打ちだ。


 悪魔と関われば普通の生活には戻れない。


 冷静になって考えれば、確かにそうだ。

 悪魔と関わっても、ろくなことにならない。


 父親は悪魔の力で鴻陵会こうりょうかいの人間を何十人も殺害した。最期は悪魔に飲まれて魔人と化し、母親を殺し、一般人にも被害が及んだ。


 おれも、もう戻れないところまで来てしまったのかもしれない。


「どこ行くんです」


 歩き出したトバリの背に声を飛ばす。


 無視はされなかった。

 それどころか、足を止め、トバリは振り返った。


「局長室。報告を済ませる」


 端的な答えかつ、その報告の中にはおれをどうするかという処遇も含まれていそうだ。


 それに向かうのは局長室だ。

 おれの認識違いでなければ、そこは対魔安全保障局のトップに位置する人の部屋だろう。


 そんなお偉いさんのところにわざわざどうして、と思わざる負えないが、正門で追い返されそうだったおれに入る許可を与えたのは局長だった。


 何故なのか。

 今思えば不思議だ。


「おれ、殺されませんよね?」


「君次第」


 おれ次第。

 おれが普通の生活に戻りたいと所望すれば、そうなってくれるだろうか。


「いや、無理だな………」


 呟いた言葉はトバリには届かない。

 空いた距離を詰めるため、おれは小走りでトバリのあとを追い駆ける。

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デビル/ライクライク 冬冬 @Winter86

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