第4話 東京凱旋

 対魔安全保障局の本部が置かれるのは日本の首都。


 三年振りに東京へ戻る。

 東京から遠く離れた片田舎。そこで三年もの間、ヤクザの悪魔狩り稼業に従事させられていた。


 労働内容は至ってシンプルなもので、悪魔を誘導するための囮や死んだ悪魔の解体と移送。


 ヤクザに誘拐されたおれは、そんな労働を劣悪な環境の中で強いられていた。逃げ出す奴もいたが、捕まってボコボコにされて帰ってくる。


 ヤクザは死ぬまで働かせ続ける。

 死んだところで代わりを補充すればいい。


 代わりなんていくらでもいるのだ。


 新しく開通したばかりの新幹線でおれは東京へ向かう。


 ヤクザのもとから逃げ出すことは出来た。

 いろいろと予想外のことが起こっているが、結果は最良なものだと思いたい。


 ヤクザから逃げ出せたところで、おれ一人ではあの片田舎で野垂れ死ぬだけだったかもしれないのだ。


 今こうして飯にありつけているのも、最良な結果ゆえ。


 新幹線に乗る前、トバリは駅弁を買った。

 一つではなく、おれの分も含めて二つ。


 ヤクザの仕事に従事していた時は一日に二回。米と味噌汁と漬物、それも腹が満たされない最低限の量しか与えられない。


 刑務所の方がよっぽど豪勢だと労働仲間が言っていた。


 だから、車内で食べた駅弁がこの三年間で一番豪勢で美味しい食事になった。美味しすぎて涙が出そうになったくらいだ。


 そして、東京へ着くまでの数時間。

 トバリは寝ていた。

 正確には目を閉じていた。


 眠っていたのかどうかは分からない。

 新幹線に乗ってから、トバリとは一度も言葉を交わさなかった。


 大都会から離れた地方の片田舎から、三年振りにおれは東京の地を踏み締めた。


 高架下を走る電車の音が遠くから低く唸るように響いてくる。ネオンの光が小雨の雨粒のように滲み、舗装された道路に色とりどりの幻影を描く。


 仕事を終えたスーツ姿の男たちがうるさいくらいの声量で語り合い、時には笑い合う。丈の短いスカート姿の女子高生たちとすれ違い、思わず目で追ってしまう辺り、飢えているのかなと実感する。


「行くよ」


 女子高生を目で追っていたところを見られたかもしれない。


 トバリはそれだけしか言わなかったが、恥ずかしくて言葉は返せなかった。


 東京駅を出て、停まっていた一台のタクシーに乗り込む。


「どちらまで?」


「保障局まで」


 トバリが目的地を告げると運転手は何か言いたげな仕草を見せたが、何も答えることはなかった。


 そして、走り出してからというもの、運転手はルームミラー越しにこちらへ目を向けている。おれでも気付くくらいにはあからさまなので、トバリがそれに気付いていないわけがないだろう。


 赤信号に捕まり、タクシーが止まる。

 運転者は満を持したように咳払いをした。


「あんたたち、保障局の人間か」


 運転手はルームミラー越しにおれとトバリを見ている。


 ルームミラーに映る運転手の目付きは睨むようなそれで、その問いに込められているものが、ただの質問とか世間話をするための取っ掛かりでないことは確かだった。


 おれは対魔安全保障局D S Aの人間ではないので無視を決め込むが、隣に座るトバリも無視するらしい。


 剣呑な空気が漂い始めたタイミングで信号が切り替わる。


 動き出すタクシーの加速が強く感じたの気のせいだろうか。


「おまえたちが刈野でしたことは許してないぞ。俺だけじゃない。おまえたちは権力を盾に好き放題するクソ野郎どもだ。俺たち一般市民のことなんて気にしちゃいない」


 唾を吐く勢いで罵倒する運転手は底知れぬ怒りを隠さない。


 罵倒されるトバリはというと車窓に目を向けたまま一切の反応を示さない。それが返って運転手の怒りを買ったのか、タクシーは道路の端に寄り、完全に停車する。


「降りろ。金はいらない。さっさと降りてくれ」


 運転手は振り返って言う。

 おれを見て、その次にトバリへ目を向けた。


 ここまで言われ、流石のトバリも無視を決め込むことは出来ないだろう。車窓から運転手へ目を向けた瞬間、運転手の表情が強張る。


 あの社で殺されかけたおれだから分かるが、トバリに睨まれると死ぬんじゃないかと思うくらい恐ろしい。


 だが、運転手は目を逸らさない。

 意地でも降りてもらうつもりなのだろう。


 トバリの方から目を逸らし、ドアを開けた。


 ひんやりとした外の空気が車内に漂う剣呑な雰囲気を弛緩させ、トバリがタクシーを降りると強張っていた運転手の表情も和らぐ。


 トバリが降りた以上、おれも降りるしかなくなる。


 タクシーはすぐに走り去り、降ろされたトバリは歩き出す。


「歩いて行くの……行くんですか」


「タクシーを捕まえられるなら捕まえてみろ」


 振り返ることなく言って、トバリは行ってしまう。


 タクシーを捕まえられるなら。

 道路へ目を向ければ、何台ものタクシーが視界に映る。ただ、そのどれもが客を乗せている。仕事終わりの時間帯も加味すれば、歩いて向かう他ないだろう。


 しかし、この三年間で対魔安全保障局D S Aの本部が移転されていないのであれば、ここからだとまだ距離がある。


 そして、向かう方向からして対魔安全保障局D S Aの本部は移転などしていないのだろう。


 先を歩くトバリの隣、その一歩後ろを歩きながら訊く。


「DSAは刈野で不祥事でも起こしたんですか」


 刈野は東京都にある市の一つ。

 都内でも郊外に位置する場所が故に、おれは一度も行ったことがない。


「知らないのか」


「いろいろ訳があって」


「あの場所にいたのも、その訳とやらか?」


「それ以外あります?訳がなきゃ、山奥の廃村なんかにいませんよ」


「あそこは鴻陵会こうりょうかいが根城にしていた場所だ。君は鴻陵会の組員というわけじゃなさそうだがな」


 ヤクザ鴻陵会の名前が出てきて言葉が詰まる。


 ただ、隠すようなことでもない。

 トバリの言う通り、おれは鴻陵会の組員ではないのだから。


「DSAはようやく鴻陵会を取り締まる気になったんですか」


「悪魔がいると匿名の通報を受けただけだ」


 匿名の通報。

 おれを助けるために鴻陵会の誰かがDSAへ通報した、というわけではないだろう。


 あの廃村まで運ばれる時、「悪魔狩りが来る前に行かないとおれが死ぬところを見れない」と、恰幅のいい禿頭ヤクザが言っていた。


 そして、訪れる悪魔狩りが鴻陵会と手を組んだ民間の悪魔狩りでなければ、急ぐ理由になり得る。それが対魔安全保障局D S Aとなれば尚更だろう。


「通報したのって鴻陵会の組員ですよ」


「だからどうした。公的に取り締まる権利は持ち合わせてない。私は警察じゃないからな」


「はぁ………」


 公的機関がこんなんでは鴻陵会の収入シノギはこの先も安泰そうだ。


 それからは黙々と歩き続けた。

 三車線の道路を何台ものタクシーが行き交っていたものの、結局空車のタクシーに出会うことはなかった。


 夜の東京は活気に満ちている。

 昼間よりも活気があるんじゃないかと思うくらいには。


 ビルの谷間を抜ける風は排気ガスと煙草の匂いを運んでくる。酔っぱらった若者とスーツ姿の男性が口喧嘩する光景も、路地裏で誰にも知られずに生きるホームレスも、その全てが東京を形成する一部なのだと、懐かしい気持ちにさせられる。


 ビルの窓がネオンを反射して光を放ち、空に瞬くはずの星を模倣しているようだった。地上に生まれた星空はどこか人工的で冷たく、そして美しい。


 夜の東京を歩くのも悪くない。

 三年ぶりとなると全てが懐かしく、新鮮なものに感じる。


 小一時間ほど歩いていただろうが、体感は数十分程度で対魔安全保障局D S Aの本部に到着した。


 距離があると思っていたのだが、意外と近かった。

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