第2話 サッシャー・グレイス

「ねえ、メアリー。サジー、可愛い?」

 今日も今日とて、日課の「サジー、可愛い?」攻撃だ。

 テーブルの上には、皮むきされた野菜。召使いのメアリーおばさんは、手を拭い私の頬を挟んだ。

「とっても、とっても愛らしいサジーお嬢さん。太陽みたいに輝く波打つ髪の毛。青空みたいな瞳。このメアリーが夜鍋して作ったエプロンもよくお似合いですよ」

「えへへ」

 私は、その場をくるりと回って見せた。

 私こと、サッシャー・グレイスは、八歳の女の子。その日まで、そう信じて疑わなかった。

「メアリーのエプロン、胸のところの刺繍がとっても可愛いわ。ありがとう」

 頬にキスしてあげる。メアリーは大層喜んだ。

「さあさ、サジーお嬢さん。お昼寝してらっしゃい」

「はあい!」

 サジーは良い子なので、まっすぐ寝室に向かう。


「きゃあああ! ニンシンさせられる!」

 私は飛び起きた。ドッドッド。心臓が早鐘を打っている。自分の顔をペタペタと触る。

「サジー……。サジーって、男の子なの?」

 ふっ。まさかね。ベッドから降りて、そっとかぼちゃパンツを下ろす。

「これは、早苗さなえ時代と同じだ」

 早苗? 誰だ、それ。かぼちゃパンツを引き上げ、再び毛布の中にもぐる。

「ええと……」

 さっき見た夢の内容を思い出す。気味の悪いおじさんに、いきなり難癖をつけられた。

「いや、どうせ転生するなら、サジーが女の子になればいいじゃない」

 結果、サッシャー・グレイスは、女の子などではなかった。しん君は、早苗お兄ちゃんが女の子役なのだと言った。

「意味が解らない……」

 ベッドを飛び降りる。

「メアリー! メアリーおばさん!」

 台所からは、スープの良い香りがした。

「あらあら、もうお目覚めですか。おやつにしましょうね」

 メアリーの手を取る。ぎゅっと眉間に力を入れる。

「あのね、メアリー」

「はいはい」

 メアリーがしゃがみ込む。

「サジーは、女の子じゃないんでしょ」

 くっくっくと笑うメアリー。両手で、私の腕を掴む。

「こんなにエプロンドレスの似合う男の子がどこにいますか」

「うっ」息を飲み込む。前世の記憶を思い出す。「サジー……。サジーは、本当は男の子なんでしょ。そう、アレ。サジーは、オメガなんでしょ!」

「わあっ!」

 メアリーは腰を抜かした。

「どこで、それを?」

 メアリーは、窓の外に目を遣った。そう、ここは森の中だ。人家からも、遠く離れている。遊び仲間もいない。

「えっ? その……」

 真新しいエプロンを掴み、もじょもじょする。メアリーの耳元に、口を寄せる。メアリーの夫のと比べたのよ。メアリーは、ヒーヒー笑った。

「そうですね。確かに、ロンにはあって、私にはないものだ」

 ふんす。頷く。

「でも、サジーが大人になって赤ちゃんを産むのなら、何のためにあるのかしらね」

 頬が赤く染まる。メアリーはようやく立ち上がった。お茶を淹れる。

「サジーお嬢さんは、特別なのですよ。父親にも母親にもなれるのですから」

 はい、どうぞ。お茶を受け取る。

「ええっ、サジーってすごいのね!?」

「そうですとも」

 メアリーはクッキーを出して、隣に座った。







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