君を喰らう

楓雪 空翠

片喰のリース

 僕は君を嫌っていた。明瞭で複雑な嫉妬からだ。完璧なくらいに美しい君が嫌いだった。




 君の瞳は、透き通ったビードロ。辺りの光を独り占めにして、煌々と輝いている。スピカにも負けないその眩しさが、僕を穿って離さないから、僕はそれを喰らってしまった。


 君の唇は、甘ったるい花弁はなびら。白い歯を覗かせながら、タンポポみたいに笑っている。耳を融かすその言葉が、僕に絡みついて離さないから、僕はそれを喰らってしまった。


 君の髪は、柔らかな涼風すずかぜ。制服の襟に擦れて、レースのカーテンとなびいている。夕立に舞うその長髪ながかみが、僕を絆して離さないから、僕はそれを喰らってしまった。


 君の指は、温かい白波。鳥を愛でるように、晩夏の脆い空気を撫でている。いたずらに触れるその仕草が、僕を弄んで離さないから、僕はそれを喰らってしまった。


 君の心は、瑞々しい林檎。曇天に揺れて、君色の希望を灯している。盈虚えいきょと響くその拍動が、僕を嘲って離さないから、僕はそれを喰らってしまった。




 僕は君を好いている。不明瞭で単純な憧憬からだ。完璧なくらいに美しい君を好きでいる。だから僕はある日、憧れの君を喰らってしまった。


 僕が君を喰らえば、僕の瞳は君の瞳で、僕の瞳は君のビードロ。そうして僕の体は君になって、僕だったものは疾うに消え失せてしまった。


 だけど、君の骨の髄まで喰らい尽くしても、まだ僕の腹は満たされない。君のすべてを真似ても、僕は完璧にはなれない。君に届かない、僕でもないなにかは、完璧なくらいに美しい。


 君は僕の中で生き続けているのに、僕は僕自身すら見失った。僕の瞳も唇も髪も指も、心すら君のものになった。きっと僕は、君に食べられてしまったのだ。

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君を喰らう 楓雪 空翠 @JadeSeele

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