お正月
「冬休み終わったら、受験だねぇ」
こたつに入ってテレビのチャンネルをパラパラ変えているのは、高宮小羽(こはね)、十五歳。高校受験を控えた中学三年生だ。
「そろそろどこかの番組に決めてくれないかな」
向かい合ってこたつに入っているのは北原愁(しゆう)。小羽と同じく中学三年生の受験生である。生まれたときからのお隣さんで幼なじみの二人は、何をするにもいつも一緒だ。
「だってね、愁ちゃん。どのチャンネルも面白いんだけど、固定する決め手がないんだよ」
そう言って小羽はまたリモコンのボタンを押す。
「あぁ、そう。まぁ、いいけどね。どうせ小羽は寝落ちするから」
愁はこたつの上にミカンに手を伸ばし剥き始める。丁寧に剥いたそれを小羽の前のお皿に置く。小羽は当たり前のように手を伸ばしミカンを口にする。
「大丈夫。今年は起きてるもん。だって愁ちゃんと初詣行くんだから」
小羽は少し頬を膨らませて拗ねたような顔をする。
「起きてられるかなぁ。いつも九時には眠くなるのに」
意地悪そうに愁が笑う。
「今は勉強してないから大丈夫なのっ」
「いやいや、胸張って言うことじゃないからね」
学年で成績のトップ争いをしている愁と、中の上あたりをうろうろしている小羽である。必然的に、愁は小羽の勉強を見るようになっていた。そして、そもそも夜更かしが得意でない小羽は、勉強をしていると殊更に睡魔が押し寄せてくる。愁は小羽が寝た後勉強するようになり、夜型の生活になっている。その分、小羽は早起きが得意なので毎朝愁を起こしているのだから、ある意味バランスが取れているのかもしれない。
「みんな帰ってくるの遅いね」
「スーパーまでって言ってたから、もうすぐ帰ってくるよ」
みんなとは小羽と愁の両親のことだ。買い物をしてくると出かけたきり一時間ほど経っている。
「ケーキ、買ってきてくれるかな」
「クリスマスに食べたよね」
「それとこれとは別だよ」
「ふーん」
小羽は面白い番組を探すのを諦めたらしく、リモコンをこたつの上に置く。テレビの画面には大晦日恒例の歌番組が映し出されている。
「ねぇ、愁ちゃん、このバンド知ってる?」
「歌は聞いたことがある、気がする」
二人とも流行り物を追いかけるタイプではないため、現役中学生にしては少々疎い。
「志望校に合格したら、別々の高校になっちゃうね」
画面から視線は外さずに小羽が呟く。
「そうだね。僕が小羽の志望校に行くわけにはいかないから」
愁もテレビの方を向いたまま答える。小羽は音楽の先生になるのが夢で、子供の時からピアノ講師をしている母にピアノを習っている。そこで、音楽科のある女子校に進学することにした。そしてそこは母の母校でもある。しかし、小羽の成績では少々不安なところがあり、受験までのあと一ヶ月ほどが勝負と言ったところだろう。愁の方はというと県内でも有数の進学校に焦点を絞っているのだが、成績も申し分なく、担任から進路を決めた早々に合格するだろうと太鼓判を押されている。だからこそ、小羽の勉強に付き合っていられるのだが。
「あの高校の制服を着た小羽は可愛いよ」
自分で言っておきながら、小羽はにっこりと笑う。
「そうだろうね」
言われた愁の方も恥ずかしげもなく肯定する。小羽の目指している高校は伝統のある清楚なセーラー服が可愛いと、その制服着たさに進学する生徒も少なくない。
「早く受験終わらないかな」
「実技の練習は順調?」
「うん。ピアノと歌は得意だもん」
愁ちゃんも知ってるでしょ、と続ける。その後もテレビの話や学校の話など、他愛のない会話が続き、しばらくして二人のいる高宮家のリビングは静かになった。聞こえてくるのは二人の寝息である。その静寂を破るかのように、わいわいと声が聞こえてきた。
「ただいまー。遅くなってごめんね……っと。ほら、やっぱり寝ちゃってる」
「あら、夜中に初詣に行くって言ってなかったかしら?」
「合格祈願の絵馬書きに行くって言ってたよな」
「絶対寝てるって言ったじゃん」
声は四人分、買い出しに出ていたメンバーだ。ダイニングテーブルの上には次々といろいろな種類のアルコールが並べられ、あっという間に宴会が始まる。
「夜中に起こす?」
「そうねぇ、この中の誰かが起きてたら起こしましょ」
数時間後、ちゃっかりスマホのアラームをセットしていた愁がむくりと起き上がると、すっかり出来上がった大人たちはテーブルに突っ伏す形で眠っていた。
愁は誰かが用意していたブランケットを四人に掛けてやり、小羽を起こす。
「小羽、初詣行こう」
「ん、んー」
小さく伸びをして、小羽が目を覚ます。
「おはよう、愁ちゃん」
「おはよう。今、夜中だけどね」
「愁ちゃん、おんぶ」
「いや、それいろいろ無理があるから」
愁と小羽シリーズ 音羽真遊 @mayu-otowa
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