愁と小羽シリーズ

音羽真遊

なつやすみ

 夏といえば。

 かき氷に花火、スイカ……こいつの寝顔。

「おーい。お嬢さん。宿題はどうなったのかな」

 鉛筆で軽く頬を突く。

 開け放された窓、優しく回る扇風機。

 縁側に干された布団。

 いつもと変わらない夏休み。

 うたた寝をする君の顔を、いつまで見ることが出来るのだろう。

「お嬢さん。宿題終わらないよ」

 今度は軽く髪を引く。

「愁(しゅう)ちゃんの写す」

「あのね、わかってる? 今年から僕たち、学校違うんだよ。宿題も違うの」

  パチッと目が開かれる。

「……あまりにもいつもの夏休みだから忘れてた」

  ……幼稚園、小学校、中学校。

 一緒にいない時なんて無かったな。

 いつも、何をするにも一緒で。

 でも、高校からはそうはいかなくなった。 僕は天文学を勉強したくて、少し離れた進学校へ。小羽(こはね)は地元の高校に通いながら、おばちゃんがしている美容室の手伝い。

 僕が高校の寮に入ってしまってからは、長期の休み以外会えなくなってしまった。

「愁ちゃん♥」

「だめ。自分でやりなさい。小羽のためにならないだろう?」

「いいじゃん、ケチぃ」

 小羽は畳の上に寝転がる。

「五分休憩~」

 この言葉は小羽の口癖。

 休憩が五分で終わった事なんて無い。

 僕はその間に小羽の問題集を解き、別のノートに解答を書く。もちろん解説付きで。

 甘やかしているだけなんだけど、そんな僕は嫌いじゃないから。

 小羽が甘えてくれるのが、何よりも嬉しいから。

 だから僕は、小羽には弱いんだ。

 小羽の横顔を身ながら、ウトウトしている自分に気づく。

 そよそよと部屋に入る風が優しくて。

 パシャッ……パシャッ……。

 柄杓で撒かれる水の音に僕はゆっくりと目を開けた。

 さっきまで明るかったはずなのに、外はもう薄暗くなっていた。

 体にはケットがかけられ、離れて寝ていたはずの小羽も同じケットがかけられていた。

「あ。愁くん、起きた? かき氷食べる?」

「うん。食べる」

「私も食べる♪」

 隣の家の垣根から手を振る人物が一人。

 僕の母さんだ。

「はーい。いらっしゃい」

 母さんは看護婦をしていて、滅多に家にいない。

 だから、僕は自然と小羽の家に居着くようになったのだ。

「でもでも、愁くんと小羽。寝てる時の顔は小さい時のままね」

「そうそう。今はこんなにでかくなったけどね」

 縁側で二人の母親に挟まれて食べるかき氷は、いつもより何故か冷たい気がした。

「あ~。みんなだけズルイ」

 目を覚ました小羽はズリズリと畳の上を這い、僕の背中によじ登る。

「熱いよ、小羽」

「一口ちょーだい♥」

「はいはい」

 スプーンで一口すくって小羽の口に入れる。

「美味し。お母さぁん。私もかき氷ぃ」

「はいはい」

 手動のかき氷器はしゃりしゃりと音を立て、ゆっくりかき氷を作り出す。

「あ、そだ。これ食べたら花火しようね」

「そうだねぇ」

 僕はこうして君の隣にいられるだけで、こんなにも幸せなんだ。

 君はわかっているのだろうか。

 今年も来年もその次も……。

「あ、みんなだ。おーい」

 垣根の向こうを、同級生達が歩いている。

「あ。桜井くんじゃん。久しぶり。なになに? 二人って付き合ってんの?」

 ……付き合ってる……?

 いや、僕たちの関係はそんなものじゃなく。

「付き合ってはないけどさ。隣にいるのが当然みたいな」

 二人の声が、一字一句違わず重なる。

 思わず顔を見合わせてしまった。

「そーかいそーかい。そだ。桜井もさぁ、帰って来てンなら連絡よこせよ。部活の奴ら会いたがってたぞ」

「あー。また電話する」

「おー。じゃーなー。あ、これやるわ。オカンから」

「わーい。ありがとう」

 小羽が受け取ったのは一俵のスイカ。

「今年最後のスイカかな」

 小羽は台所にいるおばちゃんにスイカを渡す。

「ねぇ、愁ちゃん。来年も再来年もその次も、ずっと一緒にいようね」

 思わず小羽に見とれてしまって、線香花火の火種がぽとりと落ちる。

「ね、愁ちゃん♥」

「お、おう」

 来年も再来年もその次も、きっとずっと君と二人で。

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