第十四幕
戦斧が刀とぶつかり、火花を散らす。
「あなたの目的は何ですか?」
突如問う彦治に虚を突かれた。
「答えるつもりはない。」
「しかし、こちらとしては大事な弟たちを殺されているわけですから、理由だけでもお聞きしたくてね。」
「生きるためだ。」
「そうですか。どうやら、言葉は無意味なようですね。」
戦斧を軽く回し、肩に担いだ彦治は静かに唱えた。
「門より下りし爪牙は罪なき者を裂き、罪深きものを噛み砕く。
戦斧の柄が短くなり、先端に薙刀の刃が伸びる。木製の柄は黒く染まり、鈍い輝きを帯びる。
より一層軽やかに回す彦治の瞳は眼鏡越しに黄金色に輝いていた。
「私の理想のための糧となってください。」
目にもとまらぬ速さで移動した彦治を目で追うことは不可能だった。
晴樹は突如切り裂かれた腕を押さえる。
「速い!!」
高速移動を終えた彦治が目の前に現れる。その瞬間、晴樹の全身から血が垂れた。数十回切り裂かれた跡が全身に現れている。
「どうです?意識する間もなく斬られた気分は?」
「最悪だ。」
再び、目の前から男が姿をくらませた。どこから来るのか晴樹は集中する。男の姿が見えた。しかし、その姿は既に蹴りのモーションへ入っていた。
腕を掲げ、蹴りをガードする。蹴りが腕にめり込む。
ゴキッ
鈍い音が響く。晴樹はそのまま吹き飛んだ。
舞はその背中に感じた衝撃は自分の契約者のものであることに気付いた。朦朧とする意識の中回避するのは困難だった。
「ぐほっ!!」
「大丈夫ですか?晴樹。」
「ああ。問題ねぇ。」
刀を支えに立ち上がる。
「そっちこそ、だいぶ押されてるようじゃないか?」
「問題ありません。ちょっと蹴られただけですよ。」
ノコギリ鉈を構える。
「思い出しました、私のやらなきゃならないこと。そして今、やりたいことを!!」
舞の芯の通った声に晴樹はいびつな方向に曲がった腕の痛みのことを振り払った。
「ならやるしかねえな。俺たちも『
「見せてくれ、君たちの意志を。」
「ええ。あなたたちの夢と私たちの理想、どちらが強いのかを。」
4人はほぼ同時に動き出した。
舞はノコギリ鉈を展開を解除する。射程を犠牲に一撃の強さを高める。ギザ刃が鉞と衝突する。
「はぁああああ!!!」
鉞を引っ掛けるのと同時にグリップを放す。遠心力をもったノコギリ鉈は鉞と同時に明後日の方向へ飛んで、壁に突き刺さる。
舞は拳を握りこみ、絹の鳩尾を穿った。
「ぐえっ!!」
負けじと絹の回し蹴りが内の側頭部を叩く。
「格闘戦と行こうじゃないか!!」
舞は構える。絹の貫き手が首を狙って繰り出される。手首を払い、その攻撃を外す。同時に相手の脚の後ろに足を運ぶ。ショルダータックルでそのバランスを崩す。
脚に引っ掛かり、絹の身体が傾く。絹は傾いた瞬間、舞の脚を掴み、引っ張り上げた。
互いに同時に倒れる。
絹は立ち上がろうとする舞の足を払い、寝技へ持ち込む。舞の腕を掴み、肘の裏に腕を掛け、体を足で挟み込む。
「くっ!!」
舞はもう一方の腕でもがくも、絹の固めがより強く動きを制限する。ギリギリと絞める力が腕を逆関節に曲げられる。
「ぐぁぁぁぁ!!!」
腕が軋む。舞は歯を食いしばる。そして、無理やり逆関節側に体を捻った。
ボキリという音が身体に響く。熱くなった患部を無理やり動かす。
「はぁぁあああ!!!!」
ぐたりとうなだれた腕を引き抜く。同時に転がり、絹から距離を取る。
「はぁ。はぁ。」
「やっぱり、自切は一度きりだけのようだな。まぁ再生なんてシロモノ、一般の巫女が使えるわけないからな。」
絹が再び接近する。直線的かつ最短経路を走る。舞は折れた左腕を庇いながら、迎撃に移る。
左右のパンチが連続で繰り出される。高速で撃ちだされる一発一発をおおよその予測で回避していく。
徐々に加速していく連撃が掠り始める。舞はバックステップを止め、左パンチを右手で握り止める。再び足を絹の足裏へ運ぶ。
ショルダータックルを警戒し、防御姿勢を取る絹の手首を掴む。
「なっ!?」
「二度も同じ技を使うかよ!!」
一気に手首を捻り上げる。関節への捻り。同時に激痛が絹の腕に走った。たまらず身体を飛び跳ねさせ、骨折を回避する。
着地の瞬間、手首への痛みが消える。同時に手首への掴みが順手になっている。空中で絹の襟を掴む。腰の回転によって宙を舞う身体を一気に地面へ叩きつけた。
怯んでいる腕を背側へ引っ張り、右足で倒れている背中を押さえる。
「まさか、一本背負いとはな。ブラフだったか。」
「答えろ。『呪い』とはなんだ?言え!!」
「60年以上前、この村の『儀式』を行うには生贄が足りなかったのさ。」
「どうしたものか。さすがに生贄とは言え、生まれたての赤子を手に出すのはな。」
「とはいえ、伝統の『祭り』を行わないのはな」
「しかしこれ以上、次代の子がいなくなればこの村がなくなってしまう。それでは本末転倒だろう。」
その時、少し若い男の声が聞こえた。
「私に任せてもらえないでしょうかね。」
「君はこの村の『儀式』の意味を理解しているのかね?これは代々伝わる」
「まぁまぁ。意義は分かりませんが、理解はしていますよ。つまり、生贄となる少女が欲しいんでしょう?なら私が何とかしましょう。」
「本当に、大丈夫なのか?」
「ええ。少女さえ持ってこればいいのでしょう。その代わりと言えばあれですが。」
「ああ。いいだろう。『儀式』さえ成功すれば君の言うとおりにしよう。」
「ありがとうございます。吉永さん。」
その男は一週間後には複数人の少女を連れてやってきた。どこから連れてきたのかは村の誰も知る術はなかった。当時の吉永家の当主を除いて。ただ一人、吉永
「という訳さ。分かったかい?その旅人によって『祭り』は呪いへと変貌した。生贄を捧げる儀式から生贄を選び出す殺し合いにな。」
「どうしてどうして、お前はそのことを知っている?」
「なに?ふっ、そうか。そういうことか。」
「何が面白い!!」
「答えは単純だ。そこにい、最初の呪いになる生贄にな。櫛本舞!!」
晴樹は日本刀を水平に振るった。宙を切った刀身の軌跡は完全に彦治に見切られている。余裕を持って躱した後、戦斧を大きく振りかぶる。風切り音を轟かす一撃に肝を冷やす。
更にその遠心力を利用し、さらなる連撃が襲ってくる。時には刀で弾き、ときには回避で連撃をいなす。
「先ほどまでの威勢はどこへ行ったのですかね。それとも怖気づきましたか?」
「うるせぇ!!」
動揺を隠せない晴樹の刃先が鈍る。彦治はその一瞬に隙を見つけた。振るっていた戦斧を急ブレーキをかけ、軌道を修正する。
鈍った日本刀の鍔に斧の刃が突き刺さった。
「なっ!?」
「そこだ。」
彦治は戦斧を回転させ、柄先で晴樹の鳩尾を突いた。4㎏近い得物の高速の突き。呼吸が止まるとともに激しい痛み。
「ぐえっ!!」
更に柄を振り上げる。顎に柄がめり込む。顎が揺れ、脳が振動する。意識が朦朧とする。視界がスローに流れる。その中でより高速で移動する棒は晴樹の肉体を殴打していく。とどめに右ストレートが頬を穿った。揺れていた視界にピントが合うのと同時に自分の身体は宙に浮いていた。
「棒術としても良いものですね。」
晴樹は痛む奥歯を噛み締め、立ち上がる。
「あんた、何がしたいんだ?」
「時間稼ぎしても助けは来ないと思いますよ。」
「違う。あんたの戦う意味を知りたい。俺は生きるために闘ってきた。死にたくないから、生き残るために。だけど今は違う。誰かのためになりたいんだ。母さんみたいに。誰かを救うために生きるそれが俺の生きる理由だ。」
彦治は目の前の男の姿を凝視する。暗い茶髪、赤く染まったTシャツにジーンズ。その姿に一人の男の姿を重ねていた。
「なるほど。そうですか。」
ずり下がっていた眼鏡を押し上げる。
「あなたとは心の底から語り合いたかった。しかし、鬨は待ってくれないのですね。」
「私の戦う意味はこの村のためですよ。ただそれだけです。」
晴樹は拳を握る手に力を込める。母に救われたこの手。自分が呪い続けたこの手、そして
泡沫の夢であったとしても、それはきっと
光は結晶のように刀を形作る。全ての因果を斬り、理想と現実を等しく祈る紅い柄、白鞘のように鍔のない一振りの剣は白銀に輝き、使い手の願いを叶えるための楔となる。
正面に構えた日本刀の輝きは薄暗い間を淡く照らしている。
「はぁぁぁぁぁ!!!」
彦治はその太刀筋を見切ることはできなかった。今までとは動きが違う。振り下ろされた一撃で戦斧の柄は一刀両断されていた。
「速い!!」
短くなった戦斧を返し刀で横に振るう。
ガキンッッ!!
晴樹はその攻撃を刀で撃ち返し、更なる重い戦斧の連撃を軽くあしらう。
「見える。見えるぞ!!」
彦治が戦斧を振り抜いた直後の一瞬の隙に一撃を叩き込む。一気に前へ踏み込み、体重を乗せた袈裟切り。
「手応えがおかしい!?」
彦治の口角が上がる。斬れた服の隙間から覗く金属板が攻撃を弱めていた。戦斧の大ぶりな一撃をもろに受けた。
晴樹は二度目の浮遊感を覚えた。ジェットコースーターのような内臓を突き上げられた感覚に胃液が逆流しそうだ。
日本刀を床に突き刺し、姿勢を整える。
「貴方の能力が鋸挽であることは聞いていましたのでね。対策させていただきました。」
「こっちの手札はお見通しという訳か。困ったな。」
晴樹は正面に刀を構える。彦治は得物を大きく後方へ引く。
(彼が狙ってくるとしたら、首か頭。どちらにしろ急所しかない。対してこちらはどこに当てても出血多量を狙える。)
二人が睨みあう。お互いの巫女の武器のぶつかり合いだけがこの場の騒音の源だ。
ふいに彦治は口を開く。
「君の問い。私は嘘をつきました。私の本当の意志は違います。この村はたくさんの犠牲の上で成り立っています。特に彼女たちは永い呪いによって縛られている。だから私はこの負の連鎖を断ち切りたい。それが私の戦う意味。だからこそ私はあなたを殺します。」
不意に表した彦治の表情はひどく悲しそうだった。まるで自分の生に絶望したような、呪ったような顔だった。
その仮面はすぐさま鋭い眼差しに変わった。右肩が動いた。右下から振り上げられる戦斧を見切った。晴樹は前に出る。斧の刃の軌跡に沿うように懐を進む。
(その姿勢、その距離、こちらを斬る手段はない!!)
「うらぁぁっっ!!」
二人の背がぶつかる。同時に互いの背中に体重を掛けたせいだった。
「やるね。さすが長兄というわけか。」
「君こそ、最後まで切り札を隠していたとは。見事だ『鋸挽』の皆月晴樹。」
互いに振り返る。二人の間にはもう殺気はなかった。ただただ温和で安らかな時間が過ぎていた。
「あんたの願い。俺が背負う。俺の願いとして。あの子と。」
「ありがとう。最後まで君に任せてしまって申し訳ない。」
最期見せた瞳。その穏やかな瞳。最後まで見続け、願いを託した男。晴樹はその男だった灰に深く礼をしていた。それは決して意識したものではなかった。
ただ心に従っただけだった。
その手には刃が分裂し、繋がったノコギリ状の剣、蛇腹剣が握られていた。その刃の小片たちは白く、星のように輝いていた。
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