第十三幕



「そっちは終わったようだな。」

悠斗はエマとともに歩いてくる。


「あなたは何の目的でここへ来たんですか?」

「まぁ、ちょっとした用事さ。ある人に言われてな。俺の目的となるものがここにあるらしく、それを預かりに来たわけさ。」


「目的とはなんだ?」

舞が問う。


「言ってしまえば世界の崩壊の元となるものさ。」


「世界の崩壊だと?!」

「ああ。俺たちのこの力、少女を用いたこれは何者かが残したオーパーツだと考えてる。もし、この力を悪用すればそういうことだってできるわけだ。だからこそ悪用しようとするのを阻止しようとしているのが俺たちだ。」


「いまいち理解できないけど、なんとなくわかった。それであんたたちは俺たちを助けてくれるわけだ。」

「そうとらえてもらっても構わない。」





晴樹は今までのことを一部始終伝えた。


「なるほどな。巻き込まれたのは災難だったな。とはいえ、目的は同じという訳だ。よろしく頼む。皆月。」


差し出された右手を晴樹は掴む。様々なことを経験してきたであろうその手は彼の姿に似合わず大きく力強かった。



「よしよし、仲間も増えたことだ。早速、城攻めと行こうじゃないか。」

エマは声と共に張り切り、一歩を踏み出した。悠斗はその後ろついて歩く。



舞は晴樹へ耳打ちした。

「奴らは信用に値するか?」

「少なくとも今の間は味方だろう。言っていたことが嘘かどうかは置いておいて、目的の完了まではな。」




悠斗が呟く。

「エマ、あいつ、話が本当なら浸食は数日だろ。しかしどう見ても数か月レベルの進度だ。大丈夫か?」

「うむ。あの速度、明らかに異常だな。しかも本人は無自覚だろう。あの契約者はそれも承知なのか?気になるな。」

四人は目的地を目指し歩いて行った




たどり着いたのは巨大な門だった。

「確かに。こりゃ立派なもんだ。」

晴樹は門に掛かる名札を見る。仰々しく書かれた『吉永』の文字は威厳を含んでいる。


4人が門をくぐると待ち受けていたのは巨大な建物だった。いわゆる武家屋敷と呼ばれる物だろう。

中へ進んでいくと二股に分かれた道に行きついた。


「手分けした方がよさそうだな。俺たちは右、皆月たちは左でどうだ?」

「分かった。」




二組に分かれ、歩みだす。


どうやら中庭によってこの館は二方向に分けられているようだ。廊下の床はギイギイと音を立てている。しかし奇妙なことに廊下の床は磨かれたかのように艶を持ち、障子には穴一つさえない。


「変な家だな。」

刀を構えながら晴樹は警戒する。


「ああ。あまりにも整理されすぎている。この屋敷、建築から100年は越えているはずだぞ。」



「ご明察。この屋敷は180年以上前、明治時代後期に建てられたものです。」


どこからともなく聞こえた声に晴樹は首を回し、警戒を強める。


「こちらですよ。」


次の声は指向性を持って聞こえた。


晴樹は廊下を走り出した。声が聞こえた方向へ。


襖を力強く引き開けた。そこは巨大な間であった。横20m縦100メートルほどの細長い間。その奥に男は立っていた。180程の身長、細身で眼鏡が似合っている。


「初めまして。皆月様、お待ちしていましたよ。」

「あんたは誰だ?」

「私は吉永彦治。吉永家の長男です。早急ですみませんが殺させていただきます。」



男は間の後ろに立てかけてあった巨大な戦斧を携える。

「では、行かせてもらいます。」


男は一気に距離を詰める。振り下ろした斧の一撃を躱す。重く巨大な刃は畳を切り裂き、床板へ突き刺さる。

男の側面に回った晴樹は刀を水平に振る。

その刃先は少女によって止められた。


「絹、巫女の方を頼みます。私のことは大丈夫です。」

「分かりました。」


絹と呼ばれた少女は手に持つ鉞を舞の方へ向け、近づいていく。舞は握るノコギリ鉈で迎撃する。

「この感覚、能力は断頭台だな!!」

「正解。」


無表情に答えた絹は鉞を振り下ろす。ノコギリ鉈の刃で抑えるも力強さに驚愕する。即座にその場を飛び跳ね、距離を置く。

「貴女は分かっているの?巫女としての運命を、その果てを?」

「どういう意味だ?」

「私たち巫女の過去とその縛られた身体の話を。」

「さぁな。」

「なら教えてあげるわ。その身体に深く、強くね。」


少女の身体が消える。舞は感覚だけでその居場所を探る。ノコギリ鉈を後ろに振り抜く。ガキンという金属同士の衝突音。

「いい勘ね。だけど甘いわ。」


背中への痛みを感じた時には既に身体は前方へ吹き飛んでいた。舞が姿勢を戻そうと立ち上がりを狙い、続く掌底。鳩尾に刺さる一撃が呼吸を止める。


「グエッ!!」


舞は腕を夢中で振る。絹はバク転の応用で後方へ退いた。


「貴女の記憶を辿りなさい。見えるはずよ、原初の罪を、古の断罪を。」

「生憎だが、私は『最初の記憶』というものが落ちていてね。そんなもの知ったことではない!!」

ノコギリ鉈を振りかぶる。バックステップで紙一重に絹は躱していく。


「何!?。そうか。よそ者の血のせいか?ならば思い出させてやろう!!」


連続で飛んでくる鉈の重い一撃を懐に入り、躱し、舞の腕を掴み抑える。

「なっ!?」


絹は舞の頭を掴んだ。



「ガァッ!!」

突如、響くような頭痛が舞を襲った。痛みにノコギリ鉈を放し、その場にうずくまる。

「痛い!!止めろ!!」


目の前を照らされたように視界が光に包まれる。欠落していた記憶が脳に直接流れ込んでくる。情報の奔流が脳をより強く痛みつける。針のように刺さる記憶が神経を逆なでしていく。


目の前には赤い血、赤い肉、赤い手、只赤い、赤黒い視界は拷問のようだ。蔑む視線、浴びせられる罵声、鼻腔を突く腐臭、後ろで括られ鬱血した指は感覚を失っている。そして傷つけられ、切り取られた舌は何も発することはできない。


隣に座らされている母の叫び声、振り下ろされる狂気のノコギリ。母の白い首筋に当てられた刃は前後運動を繰り返し、その肌を引き裂く。肉を切り、骨を削る。歯が気道に入ったせいだろうか、母の叫び声が徐々に掠れていく。大動脈から噴き出した血液が私の視界を更に赤黒く塗りつぶす。


次は自分だろう、どうして?、どうしてこうなってしまったんだ?もう何も考えたくない。もう誰も助けてくれない。誰も何も救いなんて存在しないんだ。


ノコギリを持った処刑者が舞の後ろに立った。絶望という外圧に舞はその身を投げ出した。首筋当たるヒヤリとした感覚。最後のときにに舞は思いを馳せた。


『こんな世界、全て夢であればいいのに。』



思い出した。これが原初の記憶。


舞は直感的に感じた。封印していた記憶、忌まわしき断罪。うずくまっていた舞は気持ち悪さに吐いた。何も食べていないせいか、胃液だけが逆流してくる。どれだけはいても気分は一向に良くならない。ただただ不快さが鮮明になるだけだ。


見下す絹が呟く。

「思い出したか。原初の記憶を。」


「これが忘れていた記憶か。」

「そう。だけどそれは一部よ。私達巫女は本来、人柱としての意味を持っていた。一年の村の安全を祈る『儀式』。だけどそれはいつの間にか異端者を狩る『呪い』となったのよ。」

「呪いか。」

「『儀式』として残された祈りはその真意を継承するのに長すぎたという訳さ。本来の儀式の在り方を覚えている者なんていないのさ。」


舞はふらつく足で立ち上がる。まだはっきりとしない意識の中、落としたノコギリ鉈を支えにする。


「なる……ほどな……。」

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