第八幕




「ムムム。こんな山の中に入るなんて聞いていないぞ。こんなことならスーツなんて履いてこなかったのに。」

「仕方ないだろう。もっと動きやすい服を着とけって俺は言ったぞ。」

「本当にこんなところに村があるのか?情報屋にガセを掴まされたのではないのか?」

「いや、そんなことはないはずだ。あの人が言うことだ。間違いないだろう。少なくともこの近辺にあるはずなんだ。」

その男と一人の少女は山を降りる。ジーンズには葉っぱが張り付いている。少女はそれを一枚一枚引きはがしながら歩いて行った。





晴樹と舞は山を駆け上がっていた。参道の細い道を走る。

「本当にこっちであってるんだろうな?」

「私の記憶が正しければ、南側に出れるはずだ。」

晴樹は急に脚を止め、口を開いた。


「なぁ、舞。」

「どうした?」

「俺達ってなんで戦ってるんだっけ?」


駆け足を止め、舞は答える。


「私は……どうだろうな。戦えば理由が見つかると思っていた。だけど、まだその理由は見つけられてないな。」

「そうか。聞けて良かったy…!?」


先ほどまでなかったはずの気配に晴樹は警戒した。前方から寄って来ている気配に意識を向ける。



そこには一人の男が立っていた。晴樹はチェーンソーを生み出す。

男はこちらを見下ろしながら口を開いた。


「今、俺は戦うつもりはない。ただお前の真意を知りたい。お前はなぜ戦う?」

「今、俺はその答えは持ってない。だけど俺は生きなければならない。だからお前らを殺す。」

「そうか。その答えを聞けてよかったよ。せいぜい頑張ればいい。ここから1km先に君たちの敵が待ち構えている。君たちの抵抗がうまくいくことを願っているよ。」


そう言い残すと、男の身体は煙のように消えていった。


「何者だ?あいつ…?」

「わからないな。ただ奴は『今、俺は戦うつもりはない。』と言った。つまり奴も敵の一人だ。しかし、私たちに敵の情報を与えるとはな…。」

「とにかく急ごう。相手の気分が変わらないうちにな。」



数分走った二人は違和感を覚えた。

「晴樹、止まれ。焦げた香りがする。あやつが言ってた敵とやらだろう。気を付けろ。」


スギの木が生い茂る森の中、二人はそれぞれの武器を掴む。チェーンソーのエンジン音が一面に響き渡る。


突如、足元の落ち葉が燃え盛った。

「熱っ‼」


晴樹が半歩下がる。



「君たちが『祭り』の邪魔をする木っ端だな。」

地面の炎は目の前の男から放たれていた。男の握るレイピアにまとわれた炎は枯れ葉を着火し、燃やし尽くす。


「こんなところで火遊びするなって習わなかったのか?」

「ここは代々、家の敷地さ。どうしようが僕の勝手だ。」

「そうかよ。お前は何者だ‼」

「俺は吉永幹彦。テメェを殺しに来た‼」


男は一気に近づく。レイピアの突きをチェーンソーで弾く。


「やるねぇ‼!」

「うるせぇよ‼」


チェーンソーを振り抜く。幹彦はその刃を躱す。しかしその違和感に晴樹は腕を止める。チェーンソーの動きが悪い。ビットが引っ掛かるような感じだ。


「チンタラしてるなら俺からいくぜ‼!


レイピアの突きを見て回避する。ギリギリで躱そうにも刀身に纏った炎が肌を焦がす。チリチリと産毛が焦げる匂いを感じる。チェーンソーとレイピアがぶつかる。ビットが無理やり動こうとするのをレイピアの刃が妨げる。

ギリギリと嫌な音がする。

二人が同時に右足を出す。互いの右足が鳩尾を押す。

「「はぁぁぁ!!」」」

同時に突き出した脚が二人の身体ごと突き飛ばした。燃える地面に投げ出された二人はゆらりと立ち上がる。


「やるじゃねえか。」

「クソッたれがよ。」




舞は目の前の少女よりも周りの燃える森に注意を払っていた。この後の脱出用の通路を考えていた。


「貴女、ここから逃げる方法を考えているのでしょう。だけどそうはいかないわ。」

少女の黄色の瞳が炎のように揺らめく、獲物を狙う獣のように。少女の持つスモールソードが煌めく。


「能力は、燃焼か。しかしその武器、刺殺か毒殺の要素も含んでいるのか?」

「それはどうかしらね。あなたもその錬具、この座ではありえないようなものね。血故の定めか。楽しみましょう、櫛本舞。夢心地の闘争を。」

木々が燃える。パチパチと水蒸気が破裂する音が鳴る。

モーターが唸り、回転する丸鋸の刃が炎を照らす。スモールソードの刃が煌めく。


ガキン‼


スモールソードの刃が丸鋸の刃を壊した音だった。舞が知覚できないほどの速度で突き出された刃は丸鋸を貫いた。機関部を破壊した刃は舞の肩を貫く。


「くっ…!?」

(早すぎる!?対応が遅れる!!)


突き刺さった肩口に激痛が走る。右肩に刺さったそれは炎を纏いだした。傷口を溶かすように燃える刃に顔を歪める。

「余裕のある顔はどこへ行ったのかしら?」


苦痛に歪める舞と対照的に、幹彦の巫女:天津環は笑みを浮かべた。






「うらぁぁぁ‼‼‼」


レイピアの薙ぎをチェーンソーで受け止める。返しのチェーンソーを質量に任せて振り下ろすも、軽く躱されれた。


「おいおい。全然前に出ねぇじゃねえか。弟たちを殺した割にはビビってんじゃねえのか?」


その言葉に自分の脚が震えていることに気付いた。いや、自覚せざるをえなかった。


「うるせぇ‼!」


震えを紛らわすようにチェーンソーを振り払う。しかし幹彦に再び軽く躱された。後方にあった樹木が真っ二つに斬れる。

レイピアの突きをチェーンソーで受け止める。ガイドバーを破壊し、さらにエンジンのオイルに着火する。目の前が火に覆われる。


「ぐぁぁぁ‼!」


咄嗟に炎を払う。それが隙となった。炎の中から飛び出す一閃が脇腹を突き刺した。


「もらったァァァァ‼‼‼」


幹彦の声。直後に腹部の激しい痛み。熱い。刺突の裂傷だけじゃない、炎の熱傷が痛みを倍増させている。


「ギャァァ‼!」


幹彦はレイピアを一気に引き抜く。燃えているせいか傷口からの出血は少ない。


「もしかしてだが、お前。火が怖いのか?」


その言葉に頭が真っ白になる。




辺り一面が燃えていた。視界を染めているのが、頭から流れる血のせいか、炎のせいなのかははっきりしない。ここはどこだろうか。必死に手を伸ばすも届かない。向こうからも伸ばしてくる手に届きそうで届かない。自分だけが。自分ダケガ。ジブンダケガ。





思考が停止した晴樹の頭上をレイピアが通過する。髪の毛が切れ、宙に舞う。

痛む腹部を押さえながら、回避する。


「おらよっ‼」


晴樹はビットがバラバラになり、壊れたチェーンソーを投げつける。

幹彦はチェーンソーを躱す。


「重いもんを放り投げるなって習わなかったか‼」

「うるせぇ‼森を放火してもいいなんて母親から習わなかったのかよ‼」

「あのクソババァのことなんて知るかよ‼」


レイピアの突きを躱そうとするも、腹部の痛みがその行動をためらわせる。左肩に突き刺さる。


「ぐァッ‼」


二人の動きが止まる。晴樹はゆっくりと口を開いた。


「今なんつった…?」

「あぁ?だから、あのクソババァのことなんざ知らねぇって言ったんだよ。」


肩に突き刺さったレイピアで傷口を抉る。肉が燻るような香りが鼻腔を刺激する。


「もう一遍行ってみろ…。」

「俺の母親は、クソだって、言ってんだろ‼」


その言葉で何かが切れた。心の奥底にある液体が突沸するかのように。怒りが、憎しみが。

レイピアを握る。


「何をする気だ…?」

「はぁぁぁぁ‼‼‼」


晴樹は自分の手が焦げることも厭わず、刃をへし折る。右足が幹彦の胸を蹴り飛ばす。幹彦はその蹴りの重さに後方へ吹き飛んだ。


「へへ、やるじゃねえかよ‼」


腹に刺さったレイピアを引き抜く。折れたそれを放り投げ、前傾姿勢で構える。


「はぁぁぁ。」


深く息を吐く。目の前の男を睨みつける。この男は必ず殺さなければならない。その決意が腹の奥底で渦巻いている。


「無手という訳か。いいぜ。乗ってやる。」

幹彦は強く拳を握る。ボクシングのポージング、軽いフットワークを踏む。


晴樹の脚が動いた。獣の如き粗雑なフックを腕で止める。ブロックした逆の腕でカウンター気味のパンチを晴樹は体を捻り、躱す。後方へ動き距離を取る幹彦を晴樹は跳躍で距離を詰める。木を踏み台にした機動に虚を突かれる。重い蹴りが幹彦のガードを外す。


「あぁぁぁぁぁ‼‼」


右のパンチが頬を捉える。振り抜いた一撃に幹彦は体勢を崩した。負けじと幹彦の左ボディーブローをまともに食らった。


「がァッ…!?」


傷口を狙った一撃に痛みが響く。それでも動きは止まらない。左腕を両腕で挟む。肘裏に腕を滑りこませ関節の逆方向へてこの原理で動かす。ボギッという音と共に幹彦の肘から先がうなだれた。

しかし幹彦も同時に右手で再構成したレイピアが晴樹の右肩を穿った。晴樹は幹彦を蹴り飛ばし、距離を取る。



「武器は使わないじゃねえのか?」

「サービス時間は終わったんだよ。どうせお互い片腕だ。楽しもうぜ‼」


二人が近づく。お互いの右足が浮き上がる。互いのハイキックがぶつかる。即座に足を引く。晴樹の再び右足が動く。先ほどよりも低い軌道を動く足。


(腹部を狙ったミドルキックか……‼)


幹彦は脛でガードするために足を出す。しかし晴樹の脚は脛にぶつかる寸で動きを止める。即座に高い位置へ跳ね上がった脚は幹彦の側頭部を殴打した。

脳が揺れ、耳鳴りが響く。思考が鈍り、判断力が緩慢とする。晴樹は更なる一撃を食らわせる。鳩尾への一撃、喉笛への手刀、弱点を狙った攻撃を浴びせる。


「はぁ…はぁ…はぁ…。」


興奮が収まり、自分の手が赤く染まっていることに気付いた。目の前の男は口と鼻から血を出し、赤い痣が見える。


「やるじゃん、お前。兄貴が勝てないわけだ…。」


そう言い残し、幹彦は立ったまま灰となり散っていった。


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