第九幕
舞は肩を庇いながらスモールソードを躱す。丸鋸とのリーチの差が攻撃を躊躇わせていた。それ以上に丸鋸の調子が悪い。回転数がかなり小さい。まるで丸鋸自身が怯えているかのようだ。
偏差を加味した一撃がじわじわと舞にダメージを蓄積させる。
スモールソードを丸鋸で弾く。今回の突きは想像よりも軽いようだった。スモールソードは弾かれる。その隙に舞はバックステップで距離を離す。
「おい、どうして私を殺さない?」
「別に。あなたの回避が上手いだけよ。」
「あの初撃をやれば、私の命をすぐ狩れるだろう。」
その時、舞の後方で声が聞こえた。それは晴樹の声だった。
『今なんつった…‼』
その声は決して大きい声ではなかった。しかしドス黒い感情を孕んだ低い声は彼の物とは思えないほどに場を凍り付かせた。
同時に丸鋸の回転が本調子を取り戻した、いや普段以上の回転数を出している。
「そっちは本調子かな?」
「どうだろうな。ただ待たせたな。」
「烈火の如く猛りし煉獄よ、怒りと共に焦土を掛けろ。
環の持つスモールソードが炎に包まれる。炎の柱を掲げ、振り払う。炎の中から現れたのは細い両刃剣。両手で構えた長剣の切っ先を向ける。
「なんだ…。それは…?」
「両手刺突剣。エストックって言うらしい。私の刺突を強化したもんらしいで。」
「開放か。」
「では、いかしてもらうわ。天津環、能力:煉虎。いざ参る‼」
「私も名乗らせてもらおう。櫛本舞、能力:転狐。受けて立つ‼」
エスニックの突きが舞を狙う。舞は丸鋸でその刃先を逸らす。火花が飛び散る。環は腕を引き、更なる攻撃に移る。
細い刀身が周囲の炎に照らされ、橙に染まる。高速で放たれる突きの連撃を躱す。しかし遅れて出された一撃が脛を貫いた。
「チッ!!」
舞は片膝をつく。傷からはどくどくと血があふれる。機動力を失った舞は立ち上がるも、突きが身体をかすめる。裂傷がだんだんと増えていく。急所を狙った攻撃は確実に防いでいるも防戦一方だった。
「はぁぁ!!」
踏み込んだ。エスニックの長い刃に丸鋸の刃を滑らせる。太刀筋をずらすかのように接近する。そのまま腕を斬りつける……はずだった。
紙一重で環は振り下ろした丸鋸を躱す。
(足りない!!もう半歩踏み込めなかったか!!)
エスニックが首の高さで水平に滑る。舞は丸鋸で受け止める。
「惜しかったね。けどまだまだね。」
環は前蹴りで舞を吹き飛ばす。再び丸鋸の射程外に飛ばされた。
「決めるわ。覚悟を。」
初撃と同様の構え。舞は動きを見据える。水平に握られたエスニックの刃先は一寸も動かない。舞を狙い、刺し殺すことだけに特化した一点集中の一撃。
環の左足が出る。同時に舞の腕が動く。環の右足と同時に両手に握られた長剣が音速を超える。
ガキン!!!
それは丸鋸の機関部が壊れた音だった。環は勝利を確信した。たかが数キログラム程度の物体を遮蔽物にしたところでこの剣の軌道は変わらない。そのまま丸鋸の持ち手ごと貫く。
舞をまっすぐ狙った刃先がスローで近づく。それは開放状態になった環の引き伸ばされた感覚が見せた景色だった。それは同時に一種の集中状態だった。それ以外に目に入らない完全な集中。視界の外で回転するそれを見失っていた。
事前に緩められていた丸鋸のブレードは機関部を破壊されることで軸を失っていた。固定を失った刃は慣性によって空中を運動していた。舞はその方向を微調整したに過ぎなかった。射程の不利を持つ舞が唯一射程外に攻撃できる方法だった。
高速回転しながら飛翔した刃は環の腕に突き刺さった。舞はその瞬間を見切った。エスニックをギリギリで躱す。頬を掠め、血が出るも気にしない。
近づき、新しく生み出した丸鋸を環の胸に突き立てた。野袴の上衣を引き裂き、胸から血が吹き出す。
心臓を的確に狙った刃は胸骨を砕き、狙いの心臓に深々と刃を突き刺さった。拍動と共に溢れ出す動脈血を浴びながら、環の顔を覗く。その顔は悔いもない晴れやかな顔だった。
「お見事ね。櫛本舞。」
環の身体は灰となって消えていく。同時に周りで燃え盛っていた炎が消えていく。沈下されていく森には血と焦げた匂いが充満していた。それは重く、重鈍な空気だった。
「舞、大丈夫か?」
「そっちこそ。しかし、途中、出力がいきなり上がったな。しかも戦闘開始時点でもかなり不安定だったな。」
「別に。なにもないさ。」
「もしかして炎、火が怖いのか?それに奴との問答、もしかしてまざーこんぷれ」
「そ、そんなことねぇよ。今は目的に向かうことが先決だ。」
晴樹は顔を背ける。
「そうか。あまり深くは追及はしない。ただ私に相談できるならいつでも言ってくれ。」
「……急ぐぞ。」
晴樹は駆け足気味に南側へ歩み始めた。
「冷た。」
晴樹は首元にヒヤリとした感触を感じた。
「どうした?」
空を見上げればいつの間にか暗くなっている。黒い雲は今にも雨が降り出しそうだ。
「雨か?」
「急がなくてはな。」
森を抜け広い場所にでた。目の間には巨大な漆喰の塀だった。白い壁は来るものを拒み、荘厳な雰囲気を醸し出していた。
「ここが総本山というわけか。立派なもんだこと。」
「そうだな。しかしこの屋敷どんだけ大きいんだ?」
塀の角の方を見ようにも傾斜のせいかその両端は見えない。しかし白い壁に刺さった黒い影ははっきりと見ることができた。目を凝らして見ればそれは塀に突き刺さっているやであることが分かった。
「舞!!避けろ!!」
二人は同時に森の中へ走る。二人がいた場所に十数本の矢が突き刺さる。
「待ち構えていたというわけか!!」
晴樹がぶっきらぼうに言い放つ。
「いや。……違う。陽動だ!!」
舞は晴樹の頭を掴み、地面に押し付ける。その直後、春期の頭の位置に巨大な刃が振り抜かれていた。
「2対1とは卑怯じゃねえかよ。」
大刀をふるった男、服の上からでもわかるほどに鍛え上げられた肉体を持つ男は笑みをこぼす。
「お前が我々の弟を殺った者だな。」
平均身長よりも少し大きいほどの晴樹よりも頭一つ抜けた男は尋ねた。
「お前ら、何人兄弟だよ。」
晴樹は身構えながら問う。チェーンソーのエンジンが鳴り響く。
「俺は吉永久秀。7人兄弟の三男だ。」
「七人兄弟とはお盛んなもんだ。」
「正確には我らの父は三人兄弟、その息子たちが七人ということだ。」
「つまり従兄弟同士度言うわけか。御高説どうも。」
晴樹はノーモーションでチェーンソーを振りかぶった。しかし久秀はそれを軽く躱す。
背後から少女が飛び出す。振り下ろされたカットラスは舞が丸鋸で止めた。
青みがかった黒髪を括り、蒼い袴を着た少女は似つかわしくない西洋の剣に力を加える。
舞はそのパワーに押されていた。
晴樹の大振りな攻撃の一切は久秀にかわされる。
「お前は幹彦にいを殺したそうだが、そうとは思えんな。こんなやつにやられるとは。」
カットラスが水平に振るわれる。頭を下げて回避する。背後の樹は一刀両断されていた。
「おおおおおぉぉぉ!!!」
再びチェーンソーを振るうも当たらない。更に踏み込んで、前に出るも巨体に似合わない軽いステップでその攻撃はかわされる。
「おいおい。そんな闇雲にでたら当たるぞ。」
冷笑を含んだ忠告と同時に側頭部を狙った矢が放たれた。
「惜しいな。秀勝、殺気を殺さなくては当たる矢も当たらんぞ。」
矢が放たれた方向を見ながら久秀は呟く。
樹木の側枝に登っている青年は矢を虚空から取り出し、弓の弦に掛ける。引き絞り、放つ。狙った男は樹木の裏に隠れる。兄がその隙を狙い斬りつける。
「素人くさい動きだ。」
数の不利があるというのも分からず突っ込んでいく敵は馬鹿なのだろうか。こんなやつに負けたというのが信じられない。
秀勝はメガネをクイッと押上げ、自分の巫女に伝える。
「こっちは二人で十分だ。小春、そっちは巫女に集中しろ。」
「了解。」
小春と呼ばれた少女は弓を構えながら、木の枝を飛び渡っていった。森の中で視認しにくい緑色の袴の少女はあっという間に見えなくなっていた。
「おらぁぁぁ!!!」
めいいっぱい振り抜いたチェーンソーは当たらない。カットラスの一撃を躱せば、矢が飛んでくる。矢の射線を切っても久秀が距離を詰めてくる。
晴樹はあまりの戦いにくさに舌打ちする。
それは単純な理由だった。連戦。特にダメージの大きい戦闘の終了から2時間程度しか経っていない。肩部と腹部の傷が痛む。
体力もかなりギリギリの状況だ。思考に費やすほどの体力さえも残っていなかった。
「はぁ…はぁ…はぁ…。」
「もう息切れか。体力管理がなっていないな。」
「うるせぇ。」
同時に髪の毛に冷たい感触。そそれは肩、腕と連続する。
「雨か。」
久秀の意識が外れた。
(シメた…!!)
晴樹は全力で地面を蹴り飛ばした。器となり強化された脚力によって巻き上がった土砂と落ち葉は一時的な煙幕として働いた。
晴樹は走り出した。
舞の丸鋸と少女のカットラスがぶつかり合う。金属音をけたたましく響かせながらぶつかり合う。突如少女がその場から引き下がる。
舞もバックステップで後方へ逃げる。
二人のいた場所に数本の矢が突き刺さった。
「援軍か…。」
舞は後方に意識を割きながら少女を狙う。再びカットラスとの殴り合い。互いに動きを観察し、次の攻撃を読みながら、弱徹mである場所を狙う。ときにわざと弱点をさらけ出し、相手の行動を狭める。
少女の大きく振りかぶった一撃を受け止める。頭上から飛んできたカットラスと丸鋸が火花を散らす。
「やっと止まったな。」
火花に照らされた少女はにやりと笑う。放たれた矢が舞の太ももを掠る。
「がッ…!!」
少女の攻撃が更に苛烈になる。カットラスの連撃。舞の左肩にカットラスが刺さる。刃が骨を叩く感触に悪寒が走る。
「もらった!!」
少女はカットラスを上に振り抜いた。刺さったカットラスは鎖骨を断ち切るように血を吹き出させた。
「がぁぁああああ!!!!」
激痛に舞は絶叫を止められなかった。左腕の感覚がない。見れば腕はだらんと垂れている。関節だけで支えられた腕は今にも取れそうなほどだった。
神経に針を刺されている痛みにひざまずく。痛みだけではない、身体の蓄積した疲労、治りきっていない傷が立ち上がろうとする足をためらわせる。
「あっけないものだな。これじゃ開放を使うまでもないな。」
「開放抜きでこのパワーか…。」
「まぁな。器が器だからな。意思の強さが直結する私達の出力ではその差は顕著さ。」
動けない舞に少女はゆっくり近づいてくる。降り始めた雨がカットラスをの血を洗い流し、鈍い輝きを取り戻す。
「お前、名前は。」
舞は後退りしながら、下手な質問を出す。
「私は加賀美千代。あなたは櫛本舞だったわね。」
「お前の能力は何だ。断頭台か?」
「私の能力は溺死。まぁ器の意思が強すぎて能力の行使はほぼできないのだけどね。だけどそんな時間稼ぎをしても無駄よ。だってあなたを助ける要素はないのだから。」
千代はカットラスを振り上げる。振り下ろされるであろうその一撃に舞は目を瞑った。
(結局、私は何もできないんだな。罪を償うことも誰かのために動くことも……。)
バキンッ!!
その音に舞は目を開く。振り下ろされそうだったカットラスは視界の端へ飛び、樹木に突き刺さっていた。
「誰だ!!!」
「お嬢さん、逃げなさんな。」
男性の声、いやそれにしては少し高い気もする。黒い服の男の右手には銃が握られていた。舞は一心不乱に地面を駆け出した。
舞の背後では千代の怒りの声が聞こえてくる。だけど舞は振り返らない。震える足を抑え、駆けていく。
向こう側から足音が聞こえてくる。その方向へ走る。向こうからやってくる晴樹が来ていた。
「大丈夫か、と言えるほどの腕じゃないな。」
「すまない。相手の腕を見誤った。」
「こっちもだ。かなりの手練れだ。後ろからも来ている。」
二人は少し歩き、背を預けられる岩を見つけた。晴樹は上着で舞の腕を吊るように結ぶ。
「これで落ちることはないな。しかし…。」
状況は最悪だった。満身創痍に疲労困憊、敵は二人、現在も完全に安全とはいい難い状況だ。特に舞の失血量だった。
舞の目は焦点を結べないせいか、虚空をぼんやりと眺めていた。
(どうしたらいいんだ…。この状況で、何ができる?)
その思考を煮詰めるほどの体力もない。逃げたい。開放されたい。そんな思いが胸を占める。疲労感に眼の前がぼやける。眠りたい。
不意に舞が口を開く。
「なぁ、晴樹の昔を教えてくれないか?聞きそびれていたんだ。どうして火が怖いんだ。母親への感情は何なんだ?」
「それは…。」
「いいにくいかもしれないが、それでも聞かせてくれ。私の最後の願いだ。」
「あれは俺が8歳の頃だったかな。」
口を開き、晴樹は当時に耽った。
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