第7話 総理、自衛する
『私は自衛のための暴力を、暴力とは呼ばない。知性と呼ぶ。』
——マルコムX
この言葉は、詭弁だ。
暴力は結局、ただの暴力にすぎない。
その事実を捻じ曲げることなど、誰にもできはしない。
だが、こと法治国家においては例外がある。
状況次第では、その暴力が罪として裁かれないことがあり得るのだ。
想像してほしい。
理不尽な暴漢が襲いかかり、自分や、愛する者が目の前で殺されそうになっている。
あと数秒で命が掻き消えてしまうその瞬間に、侵略者との
法に委ねていては、守るべき命は奪われる。
力あるものが、弱きものを蹂躙する。
そんな現状を肯定したら、この世界はどうなってしまうのか?
人には、抗わねばならぬときがある。
国家にもまた、戦わねばならぬときが、確かに存在するのだ。
だからこそ、「暴力」はある条件を満たしたとき「正当防衛」へ一変する。
この平和な国に在る憲法は——
***
「死ねやああああああッ!」
玄室にモヒカンの絶叫が木霊する。 振り下ろされた手斧が空気を裂き、迅一郎の頭上を狙う。
——だが、その刃が届くよりも早く。
迅一郎の姿は、煙のように掻き消えていた。
:え、どこ行った!?
:カメラ追えてない!
:またチート移動!?
突如画面から消失した迅一郎の姿にどよめくコメント欄。
レイダーたちもまた、狼狽したように視線を左右に振った。
「き、消えただとッ!?」
「コラ!? どこに逃げやがった!? 出てきやがれ!!」
「私はここだ——」
その背後に、迅一郎は立っていた。
影のように静かに、獣が獲物を狙うかのように気配を消して。
彼はゆるやかに腰を落とし、腰に差した刀の柄へと手をかける。
:志村ぁ! うしろ後ろォ!
:総理カッコよすぎて震える
:抜刀術っすか!?
その佇まいは、
カメラ越しに見ているだけの視聴者でさえ、背筋が粟立つ気迫に息を呑む。
「和泉流抜刀術——」
その声を、はっきりと聞き取れた者はいなかった。
次の瞬間。
迅一郎の影と共に、閃光の如く一太刀が走り抜けていた。
空気そのものが裂けたかのような衝撃に、レイダーは悲鳴を上げる暇すら与えられない。
迅一郎は彼らの間を抜け、静かに前へと歩み出る。
かちり、と刀を納める音が響き、同時に二人のレイダーは糸の切れた人形のように膝から崩れ落ちた。
:レイダー瞬殺wwww
:総理つよすぎィ!
:もう人間やめてるだろこれ
:やっぱチート主人公なんだよなあ
コメント欄は絶賛と歓声で埋め尽くされる。
だが、迅一郎はその騒ぎに頓着する様子もなく、静かに息を吐いた。
「安心してください。殺してはいません。峰打ちです——」
その言葉どおり、床に転がるレイダーたちの身体に致命傷はない。
彼らは白目を剥き、気絶しているだけだった。
:まだ生きてる!
:絶対真っ二つになったと思ったのに
:総理、優しすぎっす……
迅一郎は、レイダーが完全に無力化したことを確認すると、耳元につけた通信機に手を添えた。
「白瀬くん、聞こえるか」
『はい、総理。異常はありませんか』
「玄室にてレイダー二名を制圧した。命に別状はない。至急、治安部隊を派遣し、彼らを拘束・外界へ移送してくれ」
『了解しました。すぐに手配いたします』
短いやり取りを終えると、迅一郎はゆっくりと、気絶したレイダーたちに歩み寄った。
そして、倒れ伏す二人を前に膝を折り、静かに語りかける。
「君たちには、この後、外に出てもらう。地上で待っているのは法だ。これまで犯してきた罪、そのすべてに対して、正しく裁きを受けてもらう——」
焚き火の赤い炎が揺れ、迅一郎の横顔を照らした。
その目は冷厳でありながらも、どこか憐憫を帯びていた。
「その結果、君たちは極刑となるかもしれない。犯した罪を償うことは、人としての義務だ——」
彼は静かに息を吐き、言葉を紡ぐ。
「そのうえで……私は君たちに誓おう。過ちを犯す者がいるということは、過ちを犯さない者もいるということだ。その差を生むものがこの国の歪みなら、私は政治家としてそれを正す。正せば、その差は差ではなくなるのだから」
:要約(犯罪の背景には社会の歪みがあるから、政治家としてその歪みを正すね)
:説明がくどい
:せっかくかっこいいセリフなのに
:敵にまで敬意を払うとかマジで武士
:支持率爆上がり待ったなし
:総理が総理してる……
:ちょっと涙出てきたんだけど
:選挙ポスターに今のセリフ載せようぜ
:長スギィ!
称賛と熱狂のコメントが画面を埋め尽くす中、迅一郎は倒れたレイダーたちに深々と一礼をし、静かに立ち上がった。
刀を腰に収め直し、凛とした姿勢で歩みを進める。
「それでは先へ進みましょう。この先はいよいよ下層です。目的のオリハル鉱の発掘地点まではもうすぐです——」
冷えた空気を切り裂きながら、玄室を後にする迅一郎の背を、ドローンのカメラが追っていった。
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