第3話 剣士としての力
「荷も命も置いていけ。抵抗しなければ痛い思いをさせずに殺してやるよ」
「構えろッ!!」
三人の護衛が即座に構えるが、暁の猟団の方が行動が速かった。
「あーあ、抵抗しない方が良かったのに」
一人の盗賊が短剣を握って護衛に襲い掛かる。
そんな盗賊と護衛との戦いを俺とバルカンは後方で見守っていた。
(……速いな)
盗賊に斬りかかられている護衛。明らかに盗賊の方に分がある。
なにより盗賊たちは命を奪うことに一切の迷いがない。
(あいつら、今までに何百人も殺してきてるな)
冷たい感情のない視線。
血と恐怖を日常としている者の目。
アルヴァーナ家で本物の戦場を見たことがある俺には分かった。
「ぐはっ!」
護衛の一人が首を裂かれて地面に倒れこむ。
他の二人の護衛も三人以上の盗賊を相手にしており、互いに味方を守る余裕はない。
人数差もあるが実力的にも、おそらく一分もしないうちに護衛たちは殺されるだろう。
「くそっ……どうする……!」
オルガンが汗を浮かべながら立ち上がる。
その顔には絶望がにじんでいた。
相手がどんな手合いか、理解しているのだろう。
するとオルガンは覚悟の決まった眼差しで俺の方へと振り返る。
「レオン、お前は逃げろ。後ろの森に小道が続いてる」
「待ってください、オルガンさん」
「いいから行け! 子どもが巻き込まれるような場所じゃねぇ!」
オルガンは震える両手で俺の肩をがっしりと掴む。
自分も怖いだろうに彼は見ず知らずの俺を逃がそうとする。
馬車に乗せてくれた時もそうだが、俺が考えていたような守銭奴のような商人では考えられないほどの善人だ。子供に何か思い入れでもあるのだろうか。
だからこそ俺も彼を見捨てて逃げるわけにはいかない。
落ちこぼれの俺だが、もらった恩を仇で返すほど落ちぶれてはいない。
「オルガンさん、俺が戦います」
「な、何を言ってる!? あれを見ただろう! 凄腕の……B級の護衛ですら一瞬だったんだぞ!」
「大丈夫です。俺に任せておいてください」
俺は腰の短剣を抜いた。
光を反射して、刃が一瞬だけ赤く煌めく。
それは、剣術名家アルヴァーナ家で授けられた短剣。
もう握ることもないだろうと思っていたが、まさかこれほどすぐにこの短剣に頼ることになるとは思ってもいなかった。
歩み出る俺に、複数の視線が集まる。
既に護衛たちは息絶えたようで地面には三つの亡骸が転がっていた。どうやら三十秒も持たなかったらしい。
「おいおい、ガキが出て来たぞ? 商会長は子供すら盾にするのかよ」
首領の男は口角をつり上げて勝ち誇ったように笑う。
暁の猟団のメンバーは十一人、全員がそこそこの殺しの経験がある実力者。対してこちらは落ちこぼれ剣士の子供が一人。
どう見ても俺の敗北は確定している、と普通の人は思うかもしれない。
「ガキ。武器なんか持って俺たちに勝てると思ってるのか?」
戦いにおいて傲慢と余裕ほど怖いものはない。
勝てると思われている相手ほど隙だらけであっさりと殺せるのだから。
まぁ警戒されててもこんな雑魚相手なら勝てるけど。
「構えろ」
「ははっ、ガキが何を──」
男の言葉が終わる前に俺は踏み込んでいた。
剣を抜く音すらない。
次の瞬間、首領の腕が宙を舞った。
「──あ?」
突然の出来事に首領は驚いた声を上げる。
首領からすれば、気づいたら少し離れた俺が目の前にいて自分の腕が宙を舞っているのだから驚くのも無理はない。
しかし俺は理解さえる隙すら与えない。
俺は再び踏み込み、返す短刀で正確に心臓を貫いた。
「うぐっ!」
まずは一人。
首領は自分が殺されたことも理解できないままに地面に倒れ込む。
倒れた首領の血が、地面を赤く染めていく。
「はい、次」
そんな光景に、盗賊たちは一瞬だけ動きを止めた。
しかしそれも束の間。
「て、てめぇ……! 頭を──!」
「殺せェッ!! ガキを殺せッ!!!」
怒号と共に、残った十人の盗賊が一斉に飛びかかってくる。
剣、槍、斧。それぞれが血に濡れた凶器を手にしていた。
「遅い」
俺の足がわずかに沈む。
地を蹴った瞬間、視界が霞み、盗賊たちの輪の中に一気に入り込む。
なぜ自ら敵に囲まれに行ったのか。
答えは一つ。一撃で彼らを殺すため。
「アルヴァーナ流・一式」
アルヴァーナ家で叩き込まれた技術が俺の身体には嫌でも刻まれている。
「【血染桜】」
刃が閃く。
空気が震え、花びらのように血飛沫が舞う。
「……え?」
最前列にいた盗賊の男が、自分の首に触れる。
指先が温かく赤く染まる。
次の瞬間、首が斜めに滑り落ちた。
それから、崩れるように他の盗賊たちも倒れていく。
喉を裂かれた者。
胸を貫かれた者。
足を断たれて立つこともできず、地面で痙攣している者。
その全てが先ほどの一瞬の斬撃で仕留められていた。
血の花が地に降り注ぐ。
まるで春風に舞う花のように。
「やっぱり剣は嫌いだな」
目の前に広がる血だまりを見ながら俺は小さく呟く。
どこかの有名な盗賊だろうが、所詮は一般人。
物心ついた頃から剣聖になるために剣を握らされ、 命を狩るための剣術を身につけさせられた俺に勝てるわけがない。
俺は短剣を軽く払って鞘に戻す。
血が飛び散り、空に紅の軌跡を描いた。
「もう大丈夫です」
俺が背後を振り返ってそう言うと、そこにはオルガンが唖然とした様子で立ち尽くしていた。
オルガンは震える声で尋ねてくる。
「ぼ、坊主……お前何者だ?」
「ただの落ちこぼれの剣士ですよ」
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剣術名家の五男は魔法を極めたい ぜあゆし @zeayusi
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